02.欲しいものは手に入れる主義よ

「国外追放だなんて穏やかではないこと。初めまして、ツヴァンツィガー公爵令嬢。私を知っていて?」


「初めてお目にかかります。シュトルンツ国ローゼンミュラー王太女殿下には、醜態をお見せし、恥ずかしい限りですわ」


 ふふっ、やっぱり優秀だわ。本来、悪役令嬢は高スペックなのよ。魔法や勉強、礼儀作法が完璧なのは当たり前、外見や家柄、財産も揃っている。さらに国母となる立場に応じた外交能力も身に付けた。悪役令嬢が完璧でなければ、主人公が引き立たないもの。


「いいえ、楽しい余興でしたわ。あら、失礼な言い方をしてごめんなさいね。国外追放されたのなら、私があなたを引き取りたいのですけれど……いかがかしら?」


「よろしくお願い申し上げます」


「ご両親は……ああ、あちらね。今後の相談をいたしましょう」


 驚いた顔をしているエックハルト王太子へ一礼する。


「用事が出来ましたので、ここで失礼いたします。国王陛下にくれぐれも、くれぐれもよろしくお伝えくださいね」


 くれぐれも、を強調して繰り返す。早く対処しないと我が国の信頼を失い、今後の外交に困ると釘を刺したのだけれど……あの顔は理解してないわね。邪魔されたと憤慨して、慌てた貴族に止められていた。国同士の力関係や立地を考慮する頭があれば、空から降ってきた得体の知れない聖女に心を許すはずもない。


 アリッサム王国の行く末は、きっと大きく変わるでしょうね……原作のシナリオとは別のエンディングを用意して差し上げましょう。薄水色のドレスの裾を捌き、エスコートする大使に頷く。辺境伯家の次男で優秀な彼は、このアリッサム国での諜報活動を終えた。これで帰国して構わないと許可を出す。


 目配せで理解した大使が一礼し、数歩下がった。私は隣のツヴァンツィガー公爵令嬢の手を取って歩き始める。隣国であり最大の貿易相手国であるシュトルンツ国の王族が手を引くなら、彼女を貶めることは出来ないから。


「お気遣いありがとうございます」


 小声で感謝を伝えながらも、顔を上げ胸を張った彼女はこちらを見ない。まっすぐ前を見据える公爵令嬢へ私も前を向いたまま返した。


「何のお話? 私は大切な側近候補を粗雑に扱う気はなくてよ」


 これは当たり前の配慮で、あなたが気に病むことはない。貴族の言い回しは裏があって面倒だけれど、慣れると便利よね。いくらでも言い逃れの余地を残せるし、相手が都合よく受け取ってくれることもあるのだから。


「シュトルンツ国に繁栄あれ、我が娘をお救い下さりありがとうございます」


 ツヴァンツィガー公爵が頭を下げた。穏やかな人柄で他国にも支持者の多い公爵家も手に入るなら、この宴への参加による戦果は多大だわ。


「ツヴァンツィガー公爵閣下、ご夫人も。大使館へご招待させていただきますわ。受けてくださるかしら」


 日時の指定はいらない。今から招待すると伝えた私の意図を、彼は一瞬で理解した。先ほどより深く頭を下げて了承する。歩き出す私の前を大使である伯爵が歩き、私と公爵令嬢、さらに公爵家のご家族が続いた。邪魔される前に退出するとしましょうか。


 そろそろ、このアリッサム王国の国王陛下がお出ましになる時間ですもの。シンデレラのようにガラスの靴未練を残すことなく、私は悠々と会場を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る