150.ハマムも悪くないわ
テオドールが口にした通り、影達はいい仕事をしてくれた。日陰の用意と重ねてたけど、駄洒落って一周回ると逆に新鮮ね。様々な場所に飾られた肖像画の目を、丁寧に戻したのだ。ふふっ、覗こうとしたら見えなくて焦るでしょうね。
ただ布を掛けて目隠しをすれば、私達が仕掛けに気づいたと思われる。でも偶然を装ってひとつずつ穴を塞いでいくのよ。どうでもいい角度の穴はそのまま残すところが、ミソよ。味噌といえば、焼きおにぎりに味噌を塗って焼いたやつ食べたいわ。この世界に味噌はないから、早々に諦めたけど。醤油を塗ってもいいわね。
話が逸れたけれど、私のベッドが見える貴婦人の絵画は、塞いだ目に青い美しい瞳が描き足してあった。よく見たら、美人画ね。向こうも馬鹿でないなら、今回の滞在での覗きは諦めるはずよ。
「エレオノール、こちらへ。一緒にハマムに入りましょう」
トルコ風の建物に合わせたのか、お風呂もトルコ風だった。ハマムと呼ばれる蒸し風呂のような場所よ。手招きされて、一緒に着替えたエレオノールと浴室へ足を踏み入れる。むわっと蒸気が顔にかかった。
ハマムは専属の侍従がいる。私達の場合は女性だから、侍女だけれど。いわゆる垢すりやマッサージの人ね。社交場として使われた歴史があるせいか、サウナのむせ返る暑さはなかった。ぼうっとしてくる心地よい暖かさ。
手で促され、横たわって気づいた。ここで働く侍女は、一切話せないみたいね。もしかしたら、耳も聞こえないんじゃないかしら。ハマムを利用する王族の話を外へ漏らさぬように。貴族同士の社交で得た情報を利用できぬように。
思わせぶりに溜め息をつく。びくりと反応したエレオノールと違い、彼女達は反応しなかった。なるほどね。でも迂闊に話をする気はないわ。
「エレオノール、どう? 疲れがとれそう?」
「はい、気持ちいいですね」
人に近い外見を持つ彼女に残る先祖の名残りは、尻尾や耳、それから足の裏の肉球くらい。これは靴を仕立てる手配をした時に気付いたの。思う存分揉ませてもらったわ。敏感な場所らしく、笑うのを必死に堪えていたっけ。
毛皮がある部分を避けて、侍女達はオイルマッサージを続けた。香油はラベンダーと何かの花を混ぜたような、ほんのり甘い香りを漂わせる。ちらりと視線を向けた先で、エレオノールが微笑んだ。
彼女とならお風呂も悪くないわ。エルフリーデはダメね。お胸が立派すぎるの。私だって人並みにスタイルはいい方よ? なのに、並ぶと敗北感を覚える。あの巨乳はいただけない。お兄様の筋肉と同じで、半分でいいわ。
「夜会の髪型、どうなさいますか?」
さすがは元王女様、状況判断が的確ね。先程の会話の続きをするようなら、使えないと判断するところだった。マッサージを終えた侍女達に礼を言って、金貨を手渡す。笑顔で金貨を握り締めた彼女達に微笑んで、金髪を腕でかき上げた。
「こんなのはどう?」
「それでしたら、こうして髪留めをつけても素敵です」
髪を弄るフリで近づいたエレオノールの目配せに頷く。
「なら、この髪型にするわ」
侍女の中に聞こえる子がいるみたい。耳のいい配下を持つと助かるわ。夜会での服装や髪型、お飾りについて盛り上がる。これは演技じゃなくて、本当に楽しめた。
お目当ての夜会は3日後、とても楽しみだわ。
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