151.浅はか過ぎて敵にならないわ
夜会の前日まで、お洒落の話題やハマムの利用で時間を潰した。お陰で肌がすべすべのぷるっぷるよ。シュトルンツのマッサージも凄いけど、ハマムは歴史が古いだけあるわ。と言っても、前世で知る知識だけどね。この世界では、ルピナス帝国よりシュトルンツ国の方が古いもの。
「ローゼンミュラー王太女殿下にお目にかかります」
一礼して声掛りを待つ男に、私は扇を広げた。エレオノールと庭を散歩していたんだけど、テオドールには部屋に残ってもらった。彼がいると、敵が寄って来ないのよ。危ないだの何だの騒ぐから、陰で護衛することは許した。きっと近くの木陰か枝の上に隠れてると思うわ。
「エレオノール、お願い」
「承知いたしました。元ミモザ国第一王女エレオノール・ラングロワですわ。王太女殿下は声掛けに否と仰せです」
私が声を掛ける価値はない。そう突きつけた。この国の皇太子は決まっていない。第一皇子と第二皇子の勢力が拮抗しているの。それに合わせて、各貴族は陣営を決めて睨み合う形だった。
血で血を洗う争いに発展しないのは、どちらの皇子も意気地がないのよ。覚悟が足りないと言い換えればいいかしら。一度命じてしまえば、支持を表明した貴族達の争いが表面化する。責任を負うのが嫌いなのね。私に言わせたら、どちらも皇太子失格よ。
手を汚す覚悟なく、国の頂点に立つことは出来ない。ただ、綺麗な手に見せる必要はある。誰だって自分が忠誠を誓う王が、血塗れな殺戮者であることは望まなかった。この矛盾を両立させるのが、配下の存在ね。命じる覚悟を持ち己の手を汚さない君主と、手を汚して命令を果たす配下。
両方が揃わなければ、国はきちんと機能しない。暗部や騎士団だけでなく、宰相も厳しい決断で人を切り捨てる。だから信頼関係が大事だった。こんな簡単なロジックも理解しない皇子と、何を話す必要があるの。
下げられた後頭部を見る私の視線は冷たかった。第一皇子を残して踵を返す。会釈したエレオノールが続いた。日向に出れば、じりじりと暑い。いえ、熱いわね。肌が焼けてしまうわ。日傘を開いてエレオノールと二人で差した。
「あれは第一皇子殿下でしたね」
「名前忘れちゃったわ、物語でモブなんですもの」
自分がモブなのを棚に上げて発言し、広げていた扇を畳む。回廊に辿り着き、日傘を閉じた。振り返ることはしない。未練のように見えるから。
「お嬢様、日差しが強い時間です。部屋にお戻りください」
執事テオドールが微笑んで手を差し伸べる。素直に受けて歩きながら、報告を受け取った。
事前に挨拶を交わしておけば、明日の夜会で私の名を呼べると考えたのね。いっそ挨拶を受けてあげれば良かったかしら。夜会で名を呼んだら、それを咎める。明らかに帝国側の過失を問えるわ。でも第二皇子が有利になるのも困りものだった。
シュトルンツの王太女が、ルピナス帝国の皇位継承に関わるなんて。お母様に叱られてしまう。私の目当ては第二皇子の婚約者、抜かりなく準備を整えなくちゃね。
「ブリュンヒルト様、お顔が少し……悪いですわ」
ぼかしながらも注意するエレオノールに、扇を広げて顔を隠した。目元だけ残し、裏で微笑む。まだこの表情は隠しておかなくちゃ。第一皇子の浅はかさに呆れていても、ね。
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