152.ワインの色が映えるドレスを選ぶ

「影からの報告は……原文をそのまま読み上げます。あの小娘が調子に乗りやがって! 必ず恥をかかせてやる! だそうです」


 一瞬躊躇ったけど、影が聞き取ったままを報告した。……の辺りで口の中で呪詛を吐いてたわね。報告書を握るテオドールの手が、ぐしゃりと握り込んだ。心の中で数十回は殺害されたんじゃないかしら。


 ルピナス帝国は、王族や貴族の情報合戦が盛んよ。もちろん盛んだから、技術が発展してるとは限らない。実際、絵画の目もお粗末な仕掛けだった。ここら辺は原作通りだから仕方ないわ。逆にそれだけ聞き耳立てる場所があれば、うちの影は利用し放題なのよね。


 なぜ自分達だけが情報を得られると考えるのかしら。自分が情報を得るなら、敵も得ていると考えるべきだった。最悪はすべての情報を握られていると考え、それでも切り抜ける方法を模索するのが統治者でしょうに。


 全体に手ぬるいわ。テオドールが鍛え、躾けた影達は驚くほど優秀よ。お母様の諜報機関に次ぐ実力でしょうね。まだ敵わないのは事実なので、今後の成長に期待だけど。


「それはそれは。夜会の楽しみが増えたわね」


 無視して怒らせた甲斐があったわ。明日のドレスに合わせる小物を並べながら、テオドールは頷く。今回のエスコートは彼が行う。もちろん、我が国の貴族として……だけど、お父様のご指示で「臨時大使」の役目を与えられた。


 子爵では地位で負けるから、箔をつけた形よ。臨時大使はシュトルンツ国の女王が任命し、任務の間は一時的に「侯爵」と同等の地位や権力を持つ。他国にはない珍しいシステムだった。逆に言えば、各国の大使はよく理解している。


 臨時大使が派遣されるなら、手出し無用の宣言と同じ。私やテオドールが騒ぎを起こしても、属国や支配地域の国々は黙って味方につく。そうでなければ、自国が滅ぼされるもの。


「エレオノールはピンクにさせたの。で、私はどちらが似合うかしら」


「こちらの白に青の刺繍が入ったドレスになさいませんか? ワインの色が映えると存じます」


「そうね。そうしましょう」


 夜会で掛けられるのは、必ず赤ワイン。これはお決まりよね。実際のところ白ワインを掛けても、臭いを我慢すれば色は目立たない。特に色の濃いドレスの場合は、ほとんど見えないわ。


 でも赤ワインは別、あの色素は黒いドレスでも目立つのよ。若いご令嬢ほど淡い色のドレスを纏う。ピンクやオレンジ、アイボリー、水色、ミント……どれも赤ワインとの相性は最悪だった。


 私なら白ワインを使うけれどね。だって、未婚のご令嬢から漂うお酒の香り、でもドレスは無事に見えて、羞恥にやや頬が赤い。ほら、タチの悪い酔っ払いと誤解されるでしょう? 夜会で数歩離れても臭うほど酒を飲むなんて、未来のお嫁さん候補から確実に外されるわよね。


 赤ワインで嫌がらせの跡があれば、同情する令息も出る。逆にこちらが悪者にされるわ。だけど、白ワインは確実にダメージを、相手にだけ与える。ついでに言うなら「わざとじゃないの、ごめんなさい」の挨拶に信憑性が出た。赤ワインが嫌がらせで有名だから、白ワインは違うと思い込むのね。


 明日が楽しみだわ。赤ワインを浴びて、白ワインをプレゼントして差し上げたいの。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る