153.随分サービスしてもらったじゃない
金貨を渡し、朝からハマムで肌を磨く。慣れてくると、シュトルンツのマッサージ技術の高さに驚いた。ハマムで得た肌の輝きより、自国の侍女の肌磨きの方が長続きするの。それに透明感も全然違うわ。気持ちよさはどちらも同じだけれど。
まあ、お風呂で多少磨いたからって激変はしないわね。エレオノールと一緒にお茶を飲んだ午後は、とても有意義だった。身体能力が高い獣人の利用方法や、種族ごとの特性を教えてもらったの。別に機密事項じゃないから、聞かれても問題なし。
日が暮れる前に、与えられた部屋ではなくテオドールの部屋へ向かった。だってあの部屋、覗き魔だらけなんだもの。客間として最低よね。執事であるテオドールに与えられた部屋は、シンプルでベッドと机のみ。そこへ彼が持ち込んだ荷物がひとつ。他に余計な物はなかった。
当然、使用人の部屋にも覗きや聞き耳用の仕掛けはある。でもテオドールがそれを放置するわけはなく、当たり前のように排除されていた。着替えるのに、この王宮で一番安全な部屋よ。婚礼前の私の肌を覗く権利なんて、変態執事が許すはずなかった。
前日から隣の部屋で管理したドレスを侍女が運び込み、大急ぎで準備が始まる。夜会は軽い食事の後が多い。そのため軽食が用意されるのだけれど、テオドールはすべて毒見した後、笑顔でパンだけを勧めた。それ以外は失格なのね。
「何が入ってたの?」
「サラダのドレッシングとスープに下剤、メインの肉は調味料に痺れ薬を少々」
「あら、随分サービスしてもらったじゃない」
少なくとも敵は二つ。下剤と痺れ薬は別のルートね。下剤が二重に入ってるのは、食べなかった場合を想定して念を押したのか。それとも下剤を仕込んだ者がそれぞれにいるのかも。どちらにしても、生命に関わる毒ではなかった。
あちこちの国で騒動を起こしてきたから、早々に退場して欲しい、または恥をかかせたい一派が下剤ね。痺れ薬はあのバカ皇子のような気がするわ。私に無視された腹いせに、悪戯でもする気? 死にたくなるような激痛に数十回耐えたいだなんて、勇気あるのね。
軽食はパンも含め、すべて手を付けずに返した。夜会で多くの食べ物が並ぶけれど、それらは軽いツマミや酒の肴に過ぎない。フルーツもあるけれど、よくある小説のようにデザートは並ばなかった。ルピナス帝国の夜会は、酒が飲める年齢の参加が基本。お酒に強い民族の国だもの。
私としてはチーズや生ハムがあればいいんだけど。雑談を始めれば、エレオノールがフルーツ好きだと判明した。まあ、兎って草食動物だから違和感はないわね。小説の中に出て来なかった裏設定を聞いてるみたいで、楽しいわ。
「お嬢様、エレオノール嬢、こちらをどうぞ」
当たり前のように入室したテオドールは、部下に用意させた軽食を運び込んだ。最近シュトルンツで流行りのパティだわ。平べったい袋状のパンに、野菜や肉が詰め込まれているの。下からソースが零れることもなくて、軽食に最適だった。
ソースを入れ過ぎると、最後に唇に垂れてくるけど。片手で食べられる軽食で腹を満たす前に、テオドールににっこり微笑んだ。
「パティは有難く頂くわ。着替えるから外で「待て」よ。出来るわね? テオドール」
「はい」
嬉しそうに出ていく後ろ姿に侍女達がくすくすと笑う。大急ぎでパティを食べ、着付ける侍女に協力した。急がないと夜会に遅れちゃうわ。
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