154.赤い飾りの映えるドレスよ

 外見で作り上げるイメージは、内面を押し隠すのにぴったり。エレオノールに、淡い桜色のドレスを着用させた。赤毛から覗くピンクのウサ耳の色に近づけたの。用意させた絹は極上の薄い新作よ。宣伝も兼ねているから、できればこちらにワインをかけて欲しくないわ。


 緑の瞳に色を合わせ、エメラルドと琥珀を組み合わせた宝飾品を飾っていく。髪飾り、ネックレス、ブレスレットまで。肘上まで覆うレースのオペラグローブがあるので、指輪はしない。ウサ耳の機能を妨げるイヤリングの類もやめた。


 彼女の支度が整った途端、手の空いた侍女が一斉に私に向かう。テオドールと相談して選んだ、銀に近い白のドレスは、青い刺繍糸でグラデーションが施されている。上から下へ向けて色が濃くなるの。黒に銀糸で作っても素敵ね。次は提案しておきましょう。女王になったら、玉座と同化する黒いドレスは着れないもの。


 刺繍がびっしり入っているから、生地は重い。エレオノールの薄絹は軽く膨らまることを前提に作られていた。逆に私のドレスは、刺繍糸の重さを利用して、すとんと落ちる形。ウエストの位置を胸の下に上げて、ベルトの位置に水色の幅広リボンが縫い付けられている。縫い合わせた背中で、このリボンの残りを結んだ。


 お飾りは、すべて最高級のサファイアよ。ブルーとピンクを品よく配色したネックレスは、編み上げたレースのように胸元を飾った。通常ならレース素材で胸元を覆うのだけれど、ギリギリまで露出させて宝石と金細工でカバーする。


 肘上まで隠すグローブは上質の薄絹で仕上げ、小粒の宝石を散りばめた。まるでブレスレットを幾重にも重ねた形に見えるよう、宝石のビーズを縫い付けている。解いた髪はさらりと背を覆い、細長く連ねたサファイアや金鎖が髪に混じる。あれね、エジプトの王女の髪飾りにヒントを得たの。


 一時期日本でも流行ったわ。長い鎖をイヤーカフや髪に絡めるスタイルが近い。金髪自体も艶があって輝くけど、細い金鎖がチラつくと、さらに輝きを増した。青いサファイアがいいアクセントね。


「テオドール」


「はい、我が王太女殿下」


 執事から一瞬で臨時大使に変化する男は、軍服に似た正装だった。右肩に、家紋の入ったマントが揺れる。表は濃紺、銀で刺繍の入ったマントは、私のドレスに合わせたのかしら。もし赤系のドレスを選んでいたらどうす…………。彼なら両方用意、するかもしれないわね。


 夜会に使われる大広間で肩書きを読み上げられ、テオドールと腕を組む。今回のエレオノールは私の秘書という立場なので、斜め後ろに控えていた。この場合、肩書きではなく役職が優先されるので、エスコートは不要となる。


「楽しみだわ」


 可愛いピンクに塗った唇で弧を描き、広間の中央へ進んだ。すでに入場が終わったルピナス帝国の貴族は、派閥ごとにまとまっている。それらを無視し、自国の大使がいるグループに近づいた。


「ローゼンミュラー王太女殿下にご挨拶申し上げます。ルピナス帝国大使を務めます、ハルツェン侯爵家のユリアと申します」


「我が国初の女性大使に会うのを、楽しみにしてきたのよ」


 騎士服に身を包んだご令嬢は、たしか先日結婚したばかり。優秀な一人娘に、立派な婿が来たとハルツェン侯爵が喜んでいたわ。きちっとポニーテールに結い上げた髪は黒に近い焦茶で、その瞳は美しい青だった。エルフリーデとは違うしなやかさを持つ大使に、私は微笑み掛けた。


「今日はとても楽しみにしてきましたの。この白いドレス、赤い飾りが映えると思わない?」


 謎かけに似た問いへ、少し間を置いた後でユリアは大きく頷いた。良かったわ、我が国の大使が愚鈍な方でなくて。

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