149.内緒話は避暑を兼ねて
整えられた人工庭園、そう呼ぶのが相応しい。煉瓦や石を組んで作られた幾何学模様の塀や床は、屋外とは思えないほど手が込んでいた。色の違う石を組み合わせ、変化を出すのもいいわね。
完全に磨いて平らにした部分と、わざと粗さを残した部分の対比も素晴らしいわ。遠近感や素材の違いを活かした庭づくりは、感心する豪華さだった。所々に緑が顔を覗かせ、花々が計算され尽くした角度で揺れる。
振り返れば、王宮はトルコ風の丸屋根が幾つも並んでいた。あの丸い部分、どうやって磨くのかしら。屋根だから放置? でも内側は掃除するのよね。妙な部分が気に掛かり、構造や掃除に必要な高さを計算してみた。
シュトルンツに導入するのはやめましょう。途中で計算式が絡まって、目が回りそうになる。溜め息を吐いて、エレオノールを手招きした。
「壁には何人くらいいたの?」
すごく小さな声だが、彼女のピンクウサ耳はぴるんと揺れた。きちんと音を聞き取っている。
「そうですね。このくらいです」
にっこり笑って、足元に咲く白い花を指差す。花の数は全部で3つ。最低でも3人はいたようね。到着したばかりの客人が、ぺらりと重要事項を喋ると思ったの? 深夜はもっと人が増えるのかしら。それも困りものね。
「お嬢様、日
日差しの強いルピナス帝国は、真夏だ。燦々と降り注ぐ陽光は容赦なく肌を焼き、元から白い私やエレオノールは皮膚が赤くなる。それを防ぐための日傘を用意しているが、ジリジリと焦げるような痛みを感じた。大きめの日陰は、簡易テントに似ていた。
4本の柱を立てて、真ん中に帆に似た厚手の布を張る。真上から注がれる日差しは、これでかなり遮断された。周囲は光を通す薄布で覆われる。網戸みたいに透けるが、人の表情までは読めない。完璧ね。
「暑いわ」
「王太女殿下、こちらに冷たいお茶をご用意しましたわ」
さりげなくエレオノールに誘われた風を装い、私達は日除の内側へ入った。途端に体感温度が3度近く下がった感じ。ひんやりするし、何だか風も冷たい気がした。
「氷魔法は得意でございますから」
平然と言ってのけるけど、真夏の灼熱の日差しの下で、氷魔法は疲れるわよ。発動も難しいし、平然とこなす執事のポテンシャルが高過ぎる。薄布の表面を軽く冷やしている原理を聞いたけど、理解できなかった。
私の場合は、魔力量が多すぎて制御が難しいのよ。だから大きな氷をどかんと落とすことは可能だけど、テオドールのような使い方は無理ね。ようやく安心して話せる涼しい空間を手に入れて、私は冷えたグラスのお茶を飲み干した。先に純銀のスプーンが差してある辺り、気が利くじゃない。
「ここでの音を消せる?」
「簡単です。別のおしゃべりを重ねることもできますよ」
万能な変態執事が請け負うので、その辺は任せた。私とエレオノールは、招待の理由である王太子の婚約式について盛り上がる。私の秘密ノートに記した内容を説明した。
恋愛小説「あなたを愛していいですか」は珍しい書き方の小説だった。ありきたりの「婚約破棄」なのに、破棄のシーンが最後まで出てこない。乙女ゲームみたいにヒロイン側視点で物語が進むこともなく、かといって悪役令嬢の「ざまぁ」展開でもなかった。
「なるほど、この婚約破棄される侯爵令嬢が、ブリュンヒルト様のお目当てなのですね」
「ええ、そうよ。今は物語の終盤に差し掛かるところ。まだ変更する余地があるわ」
前世と同じように氷を噛もうとしたら、テオドールにグラスを取り上げられた。歯の形? いいじゃない、今日くらい。
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