25.狙いはバッドエンドの悪役ハイエルフよ
精霊達と言葉を交わし、その力を己の内に宿す。エルフが魔法を使う理論を尋ねると、必ず返ってくる定番の答えだ。すべて借り物の力と言いたいのだろうが、実際は違っていた。
生まれながらに持つ魔力量は、精霊との親和性に大きく作用する。そうでなければ、特権階級のハイエルフだけが強大な力を手に入れる理由が説明できなかった。人族の中にも、精霊魔法を扱える者が極少数いたくらいよ。
よくあるファンタジーで、エルフは定番のツリーハウスに住んでいる。「聖杯物語」では、美しい神殿風の建物だった。ギリシャ神話をモチーフにした太い柱が並ぶ荘厳な造りだ。繊細な彫刻は宗教施設のような印象を与える。面倒だから神殿でいいわね。
一際立派な神殿の前で止まった馬車から、同席したテオドールのエスコートで降り立つ。並んで出迎えたハイエルフは、横に長い耳が特徴だ。兎の耳が横に伸びた感じかしら。ひどい例えだけど、前世のアニメでよく観た外見に感動はなかった。
ただ美人は多い。男女問わず、とにかく顔が整っていた。ついでにデブもいない。ふくよか、ぽっちゃり程度もいなかった。草食の設定があったっけ。これまたギリシャ神話の登場人物かと思うような、薄布を巻いた美男美女は優雅に一礼した。
「シュトルンツ国、ローゼンミュラー王太女殿下。ようこそお越しくださいました」
「ご招待いただき、ありがとうございます。しばらくお世話になりますわ」
一般的な挨拶を経て、案内係の若いエルフについて神殿の中に入る。人間が整えた庭は、どこか人工的な雰囲気がある。何もないところへ植物を足していくからだ。しかしエルフは逆だった。元から生えている植物を生かし、そこに変化を加えた。そのため野草園に似た雰囲気がある。
ハーブなのか、とても良い香りがした。
「よい香りね」
「ありがとうございます。今の季節はローズマリーが花開いております」
この辺の植物事情や動物の命名や外見は、すべて日本で見聞きした物ばかり。さして珍しい物はないので、スルーした。後ろに従うエルフリーデも同じだ。テオドールは、そもそも植物に興味なんてなさそう。
「こちらの部屋をお使いください」
礼を言ってエルフを見送り、私はソファに腰掛けた。地面が揺れないって素晴らしいわ。よく船から降りた人が口にするけど、馬車も数日乗りっぱなしだと同じ感想を抱くのよ。
「今回救うのは、主人公ですか?」
「ええ。バッドエンドの悪役ハイエルフよ」
通じ合う私達の会話に、テオドールが不満そうな顔を見せる。あらあら、まだ未熟ね。後で説明してあげると合図を送り、私は大切な手帳を広げた。この手帳が入った鍵付きトランクは、テオドールが持参する。これはどの国へ行っても、必ず守られるルールだった。
彼が私の隣にいないのは、命令を受けた時だけ。常に隣にいて命懸けで私を守る彼なら、この手帳が入ったトランクを預けられる。間に挟んでいたメモを取り出し、またトランクを施錠した。
二人の前に紙を掲げて見せる。じっくり読んだ後、テオドールは口元を緩めた。逆にエルフリーデは厳しい表情になる。性格が良く出てるわ。どちらも好ましく思いながら、私はメモをテオドールに渡して燃やさせた。これから作戦を行うのに、証拠になる指示書を残す愚は犯さない。
「作戦通りにお願いね」
「かしこまりました」
「承知しております」
ああ、楽しみだわ。エルフの美少年、それも能力が高い精霊魔法の遣い手が手に入る。どんな立場を与えたら彼を活かせるか、考えながら差し出されたお茶を口元に運んだ。
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