296.休暇を満喫のはずが魘されたわ

 シュトルンツ国は、跡取りが生まれるとお披露目を行う。魔法や薬草の知識があっても、人族の赤子は儚い。どうしても失われる命があった。そのためお披露目時期は、半年から一年後と幅が設けられている。跡取りとして生まれた長女の成長を待って、ようやく発表されるのが通例だった。


 三日の休みをもぎ取って、のんびり過ごせると思ったけど。二日目の夜には、そわそわし始めた。本当に貧乏性かしらね。何もしていないのが贅沢すぎて、動きたくなるの。


 こっそり書類を確認しようとしたけれど、テオドールにすべて隠されてしまった。それどころか「動けなくして差し上げましょうか」と脅される始末。恐ろしさに、すぐ書類から手を離したわ。彼の場合、冗談じゃ済まないもの。また妊娠騒動になったら、外部に対して恥ずかしいじゃない。


 結婚のお披露目の準備が整ったので、他国の来賓が訪れる。そのタイミングで、新しい妊娠を発表したら何を言われるか。オブラートに包んで遠回しに「若いとお盛んですな」ぐらい言われるに違いないわ。セクハラもいいところよね。


 いいタイミングで休みを取ったので、結婚のお披露目と一緒に娘ヴィンフリーゼの出産報告も済ませることにした。面倒なことは一度に終わらせたいのが本音ね。建前として、折角他国の来賓が集まるなら、まとめて祝っていただきましょう、となる。


 目出たいことは一度にまとめて、豪華に演出しましょう。ヴィンフリーゼのお披露目を同時に行いたいとお母様に連絡し、私はのんびりと肌を磨くことにした。嬉々としてテオドールが準備を始める。


「一般的には侍女が行うのよ」


「執事も侍従ですから」


 侍女よ、侍従は異性だからダメなの。言うだけ無駄なので呑み込んだ。どうせ言い返してくるわ。夫だから、とか。専属医師ですから、とか。言い訳はいくらでもあるもの。その肩書きを与えたのが私というのも、皮肉だわ。


 ハマムのような蒸し風呂ではないが、我が国のマッサージ技術は優れている。どこで習ったのやら、テオドールの腕前も上級の部類だった。肩を解し腰を伝って、足先まで丁寧にオイルが塗り込まれていく。


 暖かい風呂場の石台で、全身を揉み解されたら……寝るわよね。抵抗する間もなく、私は意識を手放した。同じ室内にいるのは、誰より信頼できる夫で、誰より危険な男――ただ私には忠犬になる狼だわ。


 穏やかな大型犬のフリで近づいて、敵に牙を剥く野生の狼。ただし家族と認定した者へは、ひたすらに甘い。さらにハレムを作り上げた先祖のお陰で、外見は極上品とくれば……タチの悪いハエトリ紙みたいだわ。


 そんなことを考えながら眠ったせいか。悪夢に魘されて飛び起きた。巨大な狼に誘拐されて、洞穴の中に監禁されるの。逃げようとしたら足を噛み砕かれたわ。でもそれ以外は優しかった。それこそ溶けてしまうくらいに甘やかされたけれど、あれって間違いなくテオドールのイメージだわ。


 疲れを癒すはずのエステは、逆にどっと疲れて終わった。

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