339.プロイセ陥落の報告書を整える

 二日間、寝室から出られなかったわ。ぐったりしながら、久しぶりの娘を抱き締める。両親が頻繁に顔を出すから、きっと私よりお母様に懐いてしまうわね。


 口をむぐむぐと動かす。前世でいうおしゃぶりを咥えていた。乳母に愛情たっぷりに育てられ、すくすくと成長した我が子は重い。膝の上で重さを支え腕で固定するものの、すぐ疲れてしまった。


「ヴィンフリーゼは重くなったわ」


「せめて大きくなったと仰ってくださいませ」


 乳母に言われて、いくら赤子でも女だものね、と納得した。少し離れた執務机で、テオドールは報告書を確認している。精霊経由でエルフリーデが齎した情報を纏め、意見を添えて報告書に仕上げる。意外と面倒なのよ。


「腕が疲れましたか?」


「ええ、この頃体力が落ちた気がするの」


 以前より疲れやすい。そうぼやいて、原因のひとつでもある夫を見つめた。平然としているのが憎らしいわ。私は体力を使い果たして、ぐったり寝込んでしまったのに。


「一緒に運動でもいかがですか」


「遠慮しておくわ」


 これ以上運動したら、本当に起きれなくなって執務が停滞するじゃない。文句を呑み込んで、溜め息を吐いた。嫌じゃないから困るのよね。


 テオドールを甘やかすのも、理性が溶けるほど愛されるのも好きよ。だからこそ自制しなくてはダメ。色に溺れた女王の末路なんて、堕落以外ないんだもの。


「報告書の最終確認をお願いします」


「分かったわ、ヴィンフリーゼをお願い」


 報告書と娘を交換する。ふわっと浮いた時は泣きそうな声を出したが、すぐにヴィンフリーゼは落ち着いた。私が抱くより安定するからかしら。


 機嫌よく手を振り回している。伸ばしたテオドールの髪を掴んだヴィンフリーゼを横目に、私は報告書の内容を確認した。


 カールお兄様達は落とした砦に入り、そこを足がかりとして降伏勧告を行った。プロイセの貴族の一部が反発するが、エルフリーデ率いるツヴァンツィガー軍に制圧される。戦いはわずか二日だった。私が寝室に篭っていた日数と一致するわ。テオドールらしいわね。


 強硬派が負けたことで、国王を含めた貴族が白旗を上げた。彼らを拘束し、その財産を差し押さえる。大量の貨幣を、お兄様は兵士に配った。もちろん全てではないけれど。


 召集された兵に土産と称して、一時金を支払ったのよ。これにより略奪行為を食い止めることができる。食料も兵糧を回収して配布した。地元へ帰るまでの食事が確保されたことで、兵は素直に散っていく。


 ツヴァンツィガー軍は早々に引き上げ、残ったのは王都から引き連れた騎士と三千の兵のみ。プロイセの国王や貴族、軍指揮官を投獄したことで反逆は防がれた。あとは帰還した騎士や兵を労い、褒美を与える算段をしなくては。


「これを確認して頂戴。褒美を用意しましょう。それからお兄様達は、ツヴァンツィガー侯爵領に寄って帰るそうよ」


 さらさらと数行を書き足し、控える秘書官に渡した。ピンクのウサ耳を揺らすエレオノールは、さっと目を通して承諾した。忙しくなりそうね。

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