338.勝ち戦の後はご褒美タイムね
「捕まったフリで内側から切り崩す作戦は有効よ。だからこそ、対策は万全に練る必要があるの」
上の指揮官がいくら騒いでも、末端の兵は動かない。その理由が、秘密兵器よ。大虐殺が可能な魔法を私達が持ち込んだ、そう聞いていたら動きたくないわよね? だって真っ先に犠牲になるのは、上官ではなく最前線に立つ自分達だもの。
「そこまで考えるのか」
「逆にそこまでされてきたのよ。過去の事例から学んだだけ。意外と奥が深いの。そういう考え方を知れば、盤のゲームに強くなれるわ」
いつも挑んではコテンパンにのされるゲーム。盤を広げて戦の真似事を繰り広げる。チェス、将棋、戦盤……どれもリュシアンは勝てなかった。理由は簡単よ。この真っ直ぐで素直な考えのせい。
人族は裏を読むわ。この人物はいい顔をしているけれど、妹が敵側だから寝返るかもしれない、とか。一度裏切ってこちらに付いたけれど、高額報酬に釣られて二重スパイになるかも、とか。
エルフにその考えがないのは、精霊のお陰であり、精霊の所為だった。互いの考えや醜い行いは、精霊を通じて広められる。裏切る前にバレてしまうの。リュシアンの事件だって、物語の強制力が働かなければ、未然に防がれたでしょうね。
「お勧めの本を貸してくれ」
「部屋に届けさせるわ」
よしっと気合を入れて出ていくリュシアンは、図書室へ向かうでしょう。エレオノールに指示を出した。
「悪いけれど、リュシアンを鍛えてあげて。頭の回転はいいから、ルールさえ理解すればゲームに強い駒になる」
裏切りや寝返り、貶める感情を理解したら誰より強いプレイヤーになれる。それだけのスペックを持つ主人公だもの。一礼したエレオノールが、リュシアンを追った。
無言で控えていたテオドールが、珈琲を用意する。いつもはお茶なのに珍しいわね。良い香りが広がり、濾される珈琲が落ちる音が響いた。心が落ち着くわ。なるほど、この効果を狙ったのね。
お茶のカップより縦に細長いカップは、透かしの入った白い陶器だった。差し出された珈琲の香りを楽しんで、口をつける。色はやや薄く、しかし底が見えるほどではなかった。
「美味しいわ」
「随分とリュシアンに入れ込んでおいでですね。妬いてしまいました」
言葉と裏腹に、うっとりした顔で誘いかける。仕掛けが成功した褒美が欲しいのは分かるけれど、嫉妬に絡めるなんて間違ってるわ。
「安い嫉妬ね」
「ヒルト様のお気に召しませんか」
「素直に強請る犬の方が愛らしいわ」
目を見開いた後、テオドールはゆっくりと膝を突いた。見せつけるように私の左手を持ち上げ、唇を寄せる。手の甲に触れた唇が何かを呟き、私は許可を与えた。
「いいわ、お兄様達が戦場から戻るまでの時間をあげる。だから……報告書を纏めるのはあなたの仕事よ」
「畏まりました」
両手を伸ばす私の前で立ち上がり、首に手を回させて抱き上げる。軽く行われたけれど、私の体重とドレスでそれなりに重いはず。幸せそうに笑うテオドールに指摘するほど、無粋になれないけれど。
有能な秘書官は、置き手紙がなくても察してくれるわよね。抱き抱えられたまま、寝室の扉をくぐった。
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