98.それはね、個性って呼ぶのよ

 国境を越えたところで、夕日が沈み始める。砦の内側に広がる街は大きく、宿屋も多く賑わっていた。騎士や兵士に十分な休息を与えるだけの、豊かな設備が整っている。これらはお母様の代に整備されたのよ。心も体も休める街がなければ、戦いに備える者達のやる気が削がれる、と。


 正論よね。精神的な戦いとはいえ、私だってこうして自国へ戻ってほっとしている。賑わう平穏な街の風景に、表情も気持ちも和らぐもの。今夜から明後日の朝までこの街で休み、しっかり休息をとってから移動する予定だった。


「荷馬車の荷物、管理をお願いしてもいいかしら」


 砦の責任者である男爵に声をかける。出迎えに出た男爵は、初老ながら鍛えた体をしていた。程よく筋肉が付いた胸板は厚く、頼りがいがある。髭を蓄えた精悍な感じの男性だった。髭はあまり好きではないけど、清潔感があれば平気よ。男爵は合格ね。


「もちろんです。ただ管理の方法だけご指示いただけると助かります」


 扇を広げた私に代わり、執事テオドールが手短に説明する。氷漬けは基本的に放置、倒れたり欠けたら連絡を寄越すこと。子犬に関しては、見た目が獣人なので成人に対する食事量と排泄や寝具の手配を申し付けた。異常があれば、報告は必須と追加する。夜中でもテオドールが対応すると伝えた。


 エレオノールはきょろきょろと街を見回し、目を輝かせている。その理由は、働く獣人が多いことでしょう。この街は国境を守る騎士や兵士が駐屯する。独身者が多くて娯楽にお金を落とすの。だから商売をしたいなら、適した土地よ。定期的に駐屯者が入れ替わるから、新規出店者も多かった。


 獣人や魔族であっても、受け入れる土壌がある。様々な種族が行き来する国境付近は、商人も種族問わず訪れるわ。差別なんて非効率的なことは取り締まってきた。もちろん目を抜けて差別する者はいるでしょう。でも公然と差別を禁止して法整備を整えたことで、かなり改善されているわ。


「ブリュンヒルト様、この街は理想的ですね」


 エレオノールの表情が明るい。同種族の獣人が逃れてきても、受け入れられる可能性がある。その希望は彼女を照らしていた。


「そうであったらいいわ。法を作って禁止しても差別は消えない。でもね、あなたが私の側近として働き始めたら、差別がもっと減るわ。そうでしょう? だって側近のあなたを差別するなら、未来の女王に弓引く行為と同じだもの」


 エルフリーデは元日本人だから、この感覚は理解できるかしら。単一民族であっても、何らかの差別は発生する。それでも他国に比べて、断然少なかった。


「獣人はどうしても他国で差別の対象になるので……」


 差別されるから、同族同士が集まって暮らす。エレオノールの言い分も分かるけど、多くの種族が集まれば、結局差別が起きるのよ。


「この街だって、見えない場所で差別はあるはずよ。それを許さない。王族がそう示し続けることで、偏見は減るわ。だって、獣人って個性的な外見の、運動能力が優れた人だもの。それは個性って呼ぶのよ」


 からりと笑って話を終わらせ、私は扇を畳んだ。この街に有名なカフェがあるのよ。名物のチーズケーキを食べなきゃ、絶対に損だわ。二人を従え、私はテオドールの案内でカフェの予約席へ向かった。


 テオドールったら、いつ予約したのかしらね。

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