97.帰国の途はとにかく揺れる

 護衛を務める100人程の騎士や兵士に、荷馬車の管理を頼んだ。首輪をつけた子犬の入った檻と、氷漬けの巫女を運搬してもらわなくちゃ。今回の戦果ですもの。


 国王陛下は幽閉が決まったらしい。完全に壊れていたから、使い道がないのね。一応国王だった過去に敬意を表し、塔への幽閉に落ち着いた。子犬に飲ませた薬湯を与えておいたから、悪さも出来ないわね。


 悪さをする可能性は、国王自身より周囲の方が高い。男性の生殖機能が生きていると、自分の親族の女性に子種を注がせれば、ラングロワ王家の血を引く赤子が生まれる。たとえ価値が薄い元王家であっても、亡国の王子や王女なんて、使い勝手がいいもの。


 後のエレオノールが苦労しないように、先に手を打つのは当然だった。


「では、また会おう。リュシアン」


「うるせぇ、早く帰れ」


 2日間の交流……睨み合いかしら。根負けしたのはリュシアンだった。何を言われても平然と受け流し、笑顔すら浮かべて対応するユーグに折れた形ね。ついに、返事がもらえるまでに漕ぎ着けた。


 意外と仲直り、早いかも知れないわ。出来たら、100年後くらいにして欲しいんだけど。私が生きてる間は、リュシアンに側近を頼むつもりよ。


「ローゼンミュラー王太女殿下、出立の準備が整いました」


「ご苦労でした。道中、お願いしますね。それから事後処理に残る皆も、気を付けて。誰一人欠けることのないよう、帰国を待っています」


 後半部分は、当事者に語りかけたのではない。ミモザ国に残留する貴族への釘刺しだ。文官、騎士、400人の誰か一人が欠けても、報復に動くと匂わせた。


 カールお兄様が私を馬車までエスコートし、当然のように後ろのエルフリーデも乗せる。最後に続いた元王女エレオノールにも手を貸した。


 馬車は女性3人、テオドールは御者台に陣取っている。騎士達に挟まれ、馬車はゆっくり走り出した。窓の外を眺めるエレオノールの頬に、透明の雫が伝う。ハンカチを差し出すか、見なかったフリをするか。迷って目を逸らした。


 故郷や家族を捨てて出ていく。その心境は計り知れないものがあるわ。私やエルフリーデも無理やり異世界に呼ばれたけれど、手を伸ばせば届く距離に故郷のある彼女とは違う。だから諦めがついた。辛いと思うわ。


「ローゼンミュラー王太女殿下、ツヴァンツィガー侯爵令嬢。これからよろしくお願いいたします」


 感情に一区切りついたらしく、エレオノールは静かに頭を下げた。その声は震えもなく、僅かに口元に笑みを湛えている。表情を取り繕うのは合格点ね。


「これからは私をブリュンヒルトとお呼びなさい」


「私もエルフリーデで構いませんわ」


 未来の側近に、肩書きで呼ばれるのもおかしいですもの。これは同情ではありません。彼女が示した覚悟への、私なりの返答でした。シュトルンツの王族を名で呼ぶ権利を得る。それは側近や家族であると示す証拠でした。


「ありがとうございます。エレオノールとお呼びくださいませ」


 目を見開いた彼女は、すぐに意味を理解したようね。ごとごと揺れる道は、まだしばらく続く。シュトルンツ国境を越えるまで、寝てるしかないわね。酔ってしまいそう。

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