96.なんとも恐ろしい女だ

 捕まえた狼獣人は、ミモザ国の貴族満場一致で権利を放棄された。つまり私が持ち帰ろうと、殺そうと自由にしていい。血統がいいので、うっかり子を残さないよう、種をカットする魔法陣ってあるかしら。


 相談すると、リュシアンは呆れ顔で肩をすくめる。


「そんな都合のいい魔法陣は、精霊魔法にないな。ただ、薬草なら何とでもなるよ」


 生殖能力は無駄だから要らないの。ただ首輪を付けて、子犬が欲しい人にプレゼントするだけ。その人のやる気が上がるでしょう?


「まあ素敵! やっぱりリュシアンに相談して正解だったわ」


「物理的に切断はダメなのか」


「ええ、見た目はこのまま。中身も種も、壊しちゃってくれると使いやすいの」


 物騒な提案に、ハイエルフは少し考えてあっさり了承した。残酷だと叫ぶのは、平和な国に暮らす幸せな者達くらいだろう。王家に生まれ、必要な教育を受けた私には、ぬるいくらいの対応だった。


 後の災いとなる種を残される前に、根を断つ。王太女である私の肌を見た罰に目を抉り、繁殖できない子犬は新しい飼い主に引き渡される。何も問題ないわ。風呂場で首を落とさなかったのは、飼い主が決まった子犬だからよ。


 リュシアンは嬉々として薬の調合を始め、エルフリーデは肩を落とした。


「昨夜、お風呂もご一緒すれば良かったですわ。そうしたら、私がお守り出来ましたのに」


「気持ちは有難いけれど、あなたの方が胸が大きいから嫌よ」


「え、そんな理由だったんですか?!」


 昨夜、一緒に入浴しましょうと声を掛けられたのは、護衛のためと分かってるの。でも一緒に広い湯舟で並んだ時、明らかに胸の大きさが違うのは腹立たしいのよ! これは巨胸の方には分からないでしょうね。


 この国を出る間に、子犬の処置は終えたいわ。新しい飼い主へ引き渡すのは、もう少し後になるけれど。


「なんとも恐ろしい女だ」


「そう思うなら、敵に回さないようになさいね」


 不法侵入した魔王が呟く声に、笑顔で切り返した。リュシアンが眉に皺を寄せるが、出ていけと怒鳴り散らすことはない。今回、協力してもらった話はしてあるもの。私の側近らしく振る舞うよう、事前にお願いしておいた。


 今回、軍の数を増やす魔法陣にあれこれおまけをつけて、獣人の鼻や耳を誤魔化してもらったのよ。そのおまけの対価が、リュシアンに会わせて欲しいという願いだった。お互いに意識してるのに、どうして仲直り出来ないのかしら。


 睨み付けるリュシアンの向かいで、蕩けるような笑みを浮かべて幸せそうな魔王ユーグ。やだ、ここもヤンデレかしら。無視されるより、反応がある方が嬉しいんでしょうけど、何だか怖い。


 人族同士なら、寿命が短いからもっと早く解決すると思うけど、長寿の彼らは数百年単位で拗れそうよね。呆れながら、エルフリーデとお茶を飲む。そういえば、お兄様が静かだけど何してるのかしら。


「テオドール、お兄様は?」


「外で熊の獣人相手に訓練中です」


「……そう」


 力の強そうな筋肉もりもりの獣人を発見して、取っ組み合いでも始めたの? しばらく好きにさせましょう。明後日の出立まで、もう動く予定はないんですもの。


 着飾る外交予定もなし、策略も一時お休み。500の兵のほとんどが騎士や文官なので、大半の兵力は森に残っていると勘違いした獣人は大人しい。もふもふも確保したし、ご褒美の餌も偶然手に入れた。


 今回のミモザ国訪問は、これで終わりよ。フラグじゃないんだからね!

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