434.魔王陛下を呼び出して頂戴

 女王になった私が王宮を出ることは、まずない。もちろんパレードや休暇で外出することはあるが、他国へ出向くことはなかった。


 理由は主に二つ。大国の女王が出向くほど、格の高い国がほぼ存在しないこと。国力の差で、ほとんどの王族は私より立場が下になるの。


 もう一つは、国内の規模よ。どの方角へ向かっても、大陸の八割は国内になる。当然、情報や書類は王宮へ集中した。視察に出向かなくても、ほぼすべての領地の状況が手に入る。テオドールの影達による報告もあるから、外へ出る必要がなかった。


 安全面を考えても、外出させたくない部下の思惑は理解できる。私が出かけたら、当然テオドールが同行する。置いてきても、勝手に現れるでしょう。女王と王配が、同時に玉座を空けることがあってはならないの。


 そのため、視察は王太女であるヴィンフリーゼが行う。フリードリヒは公爵領にいるし、末っ子はまだ子どもだった。自然と王太女に負担が集中する。


「まさかとは思いますが……」


 外へ出たいとか言いませんよね? エレオノールの疑いの眼差しに、微笑んで首を横に振った。いま、私の後ろに夫はいない。彼に魔王陛下を迎えに行くよう命じたから。


「テオドールが連れてくるから、王宮内で会うつもりよ。リュシアンには先触れを出しましょうね」


 うっかり遭遇して、王宮を壊されても困るわ。あの二人が魔法をぶつけ合えば、この王宮なんて一日で瓦礫だもの。


「それは構わんが、遠目で見るくらいは許されるだろうか」


 部屋の中に直接、魔法で移動した魔王ユーグ陛下に溜め息が漏れる。女王の執務室を特定した情報網を褒めたらいいのか、淑女の部屋に挨拶もなく飛び込む無礼を咎めたらいいか。迷うわね。


「お呼び立てして申し訳ないわね。ユーグ陛下、次からは淑女の部屋に入る前に、ノックをしていただけるかしら」


「ふむ、考えておこう」


 考えずに実行なさってください。そう突きつけたいのを我慢して、広げた扇で鼻から下を隠した。


「今回の騒動、先に仕掛けたのは陛下とお伺いしましたわ」


「そうだな」


 リュシアンを差し出せば、女王は助けてやってもいい。そんな言い方をなさったんだもの。クリスティーネが怒るのも当然だわ。でも怒らせて武力衝突するつもりはない。煽られたのに呑み込むのはこちら。ならば、嫌がらせくらいは許されますね。


「リュシアンに申し付けておきましょう。私が死んでも三年間は、陛下との接触を禁じる、と」


「……っ、卑怯だぞ」


「卑怯で結構ですわ。人族の君主にとって勲章ですもの」


 卑怯の言葉ではなく、圧倒的な強者である魔王を焦らせたことが、ですけれど。その辺は言わなくても分かりますよね?


「すまない、悪かった。だからやめてくれ」


「謝罪はありがたく頂戴しますわ。でもやめるか判断するのは、彼自身ですの」


 もう伝えた、と受け取ったみたい。青褪めたユーグ陛下は、ふらりとよろめいた。


「この、魔女が」


「大変光栄な称号ですね。これに懲りて、クリスティーネにちょっかいを出さないでくださいね」


 しっかり釘を刺す。ここまでしても、この人はまたやりそうだけれど。並の人族なら心臓が止まりそうな視線を受けながら、口角を持ち上げた。意味ありげに扇を畳む。


「テオドール、お客様がお帰りよ」


 声がけに合わせ、ひらりと飛び降りた男は一礼して退室を促す。一緒に魔法で移動したくせに、どうして天井裏に隠れるのかしらね。行動を読んで「いる」と踏んだけど、これでもし彼がいなかったら。恥をかくところだったわ。







***********************

本日公開の新作です。


【もふもふに愛玩される世界があってもいい】

獣人ばかりの世界で、ひ弱な人は愛玩動物でした_( _*´ ꒳ `*)_


https://kakuyomu.jp/works/16817330660350510244

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る