433.誰にでも苦手な相手はいる
彼女の説明は一方的ではない。どちらかといえば、客観的な視点だった。だから状況は掴めたのだけれど、ため息が漏れるのは仕方ないわ。
「やっちゃったわね」
「ええ。つい……口をついてしまいましたの」
余計な一言が地雷だった。要約すると一文で終わってしまう。ただ、その地雷の威力が半端ではなかっただけ。
「なんで我慢できなかったの?」
「売り言葉に買い言葉というか、その……」
もじもじと濁す様子から、事情を察してしまった。魔王ユーグ陛下も煽ったのね。あの人は落ち着いているかと思えば、時々子どもみたいな振る舞いをする。知っていても腹が立つのよ。
長く生きた分だけ、嫌な方向に知恵が回るし。クリスティーネは相性が最悪だった。口がうまい彼女は、それを自覚している。だからこそ通じない相手を毛嫌いするわ。その筆頭が、ユーグ陛下だった。
「次からは会ったら逃げて頂戴」
「ごめんなさい。分かってるけど、顔を見ると……」
あとで迷惑をかける。そう理解しているが、離れる前に一言でも言葉を交わしたら終わり。口喧嘩が始まってしまう。すると双方とも逃げ損ねるみたい。顔を見たら回れ右、を徹底して叩き込む必要があるわね。
「クリス様、あとでお話ししましょう」
「え、あ……はい」
嫌だと言いたいけれど、言える立場ではない。項垂れたクリスティーネは、大人しく返事をして座った。ソファーで肩を落とす黒髪美女に首を傾げる。
「ローヴァイン伯爵は?」
「王宮の外におりますわ」
安全な場所に置いてきたわね? 賢いのに、どうして魔王陛下相手だと暴走するのかしら。
彼女は外交を得意とすることから、冷たい印象を与える。切り捨てるべき相手や条件を、さらりと口にするからだ。だが実際は、仲間思いの一面があった。今回、ユーグ陛下がつついたのは、この部分だった。いえ、今回ではなくいつもね。
テオドールが差し出した影の報告書によれば、リュシアンの話を出されたらしい。魔王陛下にしたら、少しでも彼の情報が欲しい。クリスティーネの性格を把握しているから、わざと怒らせて情報を得ようとした。それが思わぬ方向へ飛び火し、両者ともに激怒して別れる。
最悪のパターンじゃない。
「私が解決しておくわ。次はないわよ?」
「ブリュンヒルト様、その譲歩はすでに三度目です」
エレオノールが、ちくりと嫌味を口にする。それでもクリスティーネを愛称で呼ぶほど仲がいいのよ。不思議な友情を築く二人を交互に見つめ、執務机に肘をついた。
「でもね、魔王陛下に貸しを作るのは、今後のために役立つわ。私の大陸制覇の最後の障壁は、魔王ユーグ陛下だもの」
ほぼ平定の見通しがついた大陸で、唯一、人族と交われない魔族。その王は孤高の存在だ。圧倒的な魔法の力を誇り、同族を纏め上げるカリスマも持つ。彼が本気を出したら、シュトルンツ国は瓦解するでしょうね。
小細工なんて必要なく、物理的に戦を仕掛けるだけで勝てる。それが魔族だった。私がリュシアンを抑えた理由がここにある。彼がいれば、魔王陛下はシュトルンツを襲えない。精神的な問題で、ね。
「ずるいわよね、人族って」
「仕方ないですわ。圧倒的な美貌も、強さも、魔法も持たないんですもの」
けろりと返すクリスティーネの悪びれない口調に、私は久しぶりに声を立てて笑った。
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