396.有能さは敵も味方もなく発揮される

 まだ二歳にならないヴィンフリーゼと、赤子のフリードリヒ。ほぼ毎日顔を合わせるために、朝食と夕食を一緒に食べることにした。可能ならおやつや昼食も一緒がいいわね。


 お母様は引退のために必要な手続きを始め、徐々に私へ振り分ける仕事が増えてきた。お父様もテオドールを呼び出すことが増える。忙しくなるほどに、実感が湧いてきた。


 このシュトルンツ国の女王になる――同時に、私がこの大陸を支配する国を作るの。ほぼ完成に近づいた地図に手を置いて、反抗する数カ国を指先で辿った。戦って傷つけた国を手に入れるのは下の下。懐柔したり謀略を用いるのは中の上かしら。


 私が目指すのは、向こうから「お願いします」と国を献上させる策よ。表向きは綺麗でしょう? 泳ぐ白鳥の足と同じで、もがく姿は見せない。美しい水面を滑る姿だけでよかった。


「ブリュンヒルト様、すべて順調です」


 クリスティーネの報告に、私は悪い顔で笑った。事情を把握しているエレオノールも、同じような表情を浮かべる。そんな私達の様子に、リュシアンが肩を竦めた。


「ああ、やだやだ。怖いったらない。魔女の集いかよ」


「口が悪いわよ、モーパッサン辺境伯閣下」


「大変失礼いたしました」


 注意に戯けて返すリュシアンだけど、彼も関わっているのよ。周辺国からじわじわと締め付けていく。私の手中にある国々から、反発する国への輸出を絞らせた。ひとつずつ品を減らしていく。生活に必要ない贅沢品を消し、徐々に核心へ。


 数年すれば、真綿で首の締まった人々が騒ぎ始めるわ。王族はその圧力に負けて首を垂れるか、または内紛で国家のあり方が変わるでしょう。もちろん血が流れて荒れた国に興味はないので、内紛になる直前に介入するの。この辺はクリスティーネの匙加減ね。


「そうそう。クリスティーネは愛しのローヴァイン伯爵を落としたのよね」


「その話が聞きたいわ」


「どこまで進んだの?」


 エレオノールと二人で問い詰めれば、ふふっと笑った有能な外交官は手札を一枚。


「ルピナス帝国の一角だけでは、受け継ぐ領地が狭いと思いません?」


「新しく落とす国を与えてもいいわ」


 ローヴァイン伯爵は、昨年まで男爵だった。様々な手土産を持ち込み、ルピナス帝国宰相であるエンゲルブレヒト侯爵家の令嬢に釣り合う地位を得たばかり。領地はまだ男爵家の頃のままだった。


 彼の育てた裕福な土壌は魅力的だけれど、ちょうど隣の国が転がり込みそうなのよ。折角だから上手に治めて欲しいわ。クリスティーネの狙いも、そこでしょう。


 分かってると笑えば、ブルネットの美女は扇を広げて口元を隠した。あら、まだ要求があるのね。有能さを敵ではなく味方に向けるなんて……私に弱みを握らせる失策になるわよ?


「それと……一年ほどお休みをいただきたいのです」


「貸しておくわ、好きにしなさい」


 頷く彼女の表情から、貸しにしても数年で取り返されそうだと感じた。きっと私の娘や息子の側近を産むことを考えている。これはエルフリーデと同じね。戴冠式まで十ヶ月ほど、自由にしたらいいわ。

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