397.戴冠式はひとつの戦いなの

 舌っ足らずが直ったヴィンフリーゼと朝食を摂り、今日の予定を確認する。


「今日は戴冠式があるわ。リゼも着替えて参加してね。フリードリヒも連れていくわ」


「わかった! ママもパパも後でね」


 ぴょんと椅子から飛び降りたヴィンフリーゼは、午前中にダンスレッスン。終わったところで、お風呂に入れて軽食ね。残念だけど、一緒に食べる時間は取れなかった。午後のお昼寝の時間を潰して、戴冠式のメインから参加予定よ。


 私はもっと忙しいわ。立ち上がって膝のナプキンを置き、隣で一緒に食事を終えた夫の手を借りて走り出す。行儀が悪いけれど、娘との時間をぎりぎりまで調整した結果だった。


 駆け込んだ部屋で服を脱ぎ、すぐに風呂で肌に磨きをかける。といっても、昨夜念入りにオイルで揉んであるの。最終調整だけなので、手早く終えた。金髪を際立たせるなら紺や黒などの色が相応しいけれど、戴冠式だけは衣装の色が決まっている。結婚式より厳格なくらいよ。


 黄金の絹と呼ばれる、特殊な染めを施したドレスは胸元は紺の刺繍が施されている。そこから腰へ向かって空色まで薄くなり、スカート全体で白と銀にまで淡くなっていく。凝りすぎて、作るのに半年かかったわ。


 お母様が妥協を許さず、お父様の用意した絹で仕立てられたドレスは、両親からのエールね。応援されているんだから、応えるのが娘でしょう?


 一分袖のドレスと同絹の手袋で肘上まで覆った。胸元はやや深めのVなので、大粒のオパールの首飾りを二つ。ブローチも重ねた。耳元に輝くサファイアは、途中で色変わりする珍しいものを。偶然ピンクサファイアとブルーサファイアが混じる宝石が見つかったのよ。すぐに買い求めたわ。


 娘のドレスは私と同じ絹を使わせた。全面ではなく、一部よ。めざとい貴族はこの絹で、ヴィンフリーゼが跡取りに確定したことを理解する。戴冠式を建国記念日に行うと決めてから十ヶ月。大急ぎで駆け抜けた日々の集大成だった。


 王冠を受け取るため、今日は髪飾りを付けない。金髪は結い上げて、後毛も綺麗に処理された。


 夫であるテオドールも支度が終わったらしく、手袋を嵌めながら歩み寄る。全体に金と紺で纏めた正装姿の胸元に、私と同じ金の絹が飾られていた。妻のドレスの絹をスカーフに、この習慣は流行らせたいわね。


「私の美しき妻にして、このシュトルンツ国の王座を確約されし姫君。どうぞ、この手をお取りください」


「私より綺麗な顔で言われると、いつもより美人になった気がするわ」


 綺麗ですと口々に褒める侍女に見送られ、テオドールのエスコートを受ける。久しぶりのプリンセスライン、膨らませたスカートは腰をより細く見せた。ずっしり重い扇を左手に装備し、私はひとつの戦いに挑む。


 お母様から王位を譲り受ければ、大陸制覇まで突っ走るだけだった。まるで壮行会みたいね。前世で学生時代、大会に出る選手を見送ったわ。今日の化粧は少し濃いめに施した。


 さあ――新女王の誕生よ。大陸のすべての国々は、私にひれ伏しなさい!

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