398.戴冠式は荘厳さを纏って厳かに

 アリッサム王国の滅亡、ルピナス帝国の代替わり、アルストロメリア聖国の衰退。プロイセ国への制裁まで。一気に駆け抜けた記憶が過ぎる。


 結婚式同様、もったいぶって入場した。玉座の前には現女王のお母様が立つ。その頭上に輝く王冠は、驚くほど大きなダイアモンドが飾られていた。


 赤い絨毯が敷かれた床を進む。その両脇にお母様の側近が並んでいた。もちろん、お父様や祖父である前バルシュミューデ侯爵の姿もあった。彼らは今日から権力を譲り渡し、引退へと舵を切る。母の治世を支えきった達成感に満ちた表情から、誇りが感じられた。


 これがひとつの到着点よ。私が娘ヴィンフリーゼに王位を明け渡す時、側近達に同じような顔をさせられるか、どうか。誰がお世辞を言っても社交辞令で誤魔化しても、通用しない。側近全員が揃って誇ることのできる政を行うのが、新女王の役目だった。


「国の要たる女王陛下に宣言申し上げます。王太女ブリュンヒルト・ローゼンミュラー・シュトゥッケンシュミットは、本日この時よりシュトルンツ国の王位を継承し、民のための政を行い、善を持って悪を制し、国の発展にこの身を捧げます。王権の証となる王杖と王冠を賜りますよう」


 最後まで言い切らないのが作法よ。お願いしてもダメ、伏して乞うてもダメ。新たな女王が、前女王より格下と見做される可能性があるもの。ご先祖様は熟考して慣習を作り残した。継承するべきは外側の作法ではなく、その内側にある心だわ。


 シュトルンツの女王たるもの、誰かに首を垂れてはならぬ。されど過ちがあれば速やかに訂正すべし。お祖母様のお言葉だったわね。


「王太女の心意気やよし。機は熟した。平穏と繁栄を望む我が意を、この王冠へ添えて与えよう。民を守り正義をなす心を、この王杖に託して預けよう。我アマーリエ・グリューネヴァルト・シュトルンツは、本日この時をもって王太女へ譲位する」


 玉座へ続く階段を登る。ここでテオドールの手を離し、私は一人で玉座へ向かった。王配殿下の斜め後ろにテオドールが控える。階段で並んで待つ側近の後ろに、私の側近の姿が見えた。


 ツヴァンツィガー女侯爵であり兄カールハインツの妻、バルシュミューデ公爵夫人エルフリーデ。淡いラベンダーのドレスはエンパイア風だった。ベルトの位置に黄金の絹を巻いている。


 秘書官にして宰相候補、ラングロワ女侯爵エレオノール。揃えたラベンダーのドレスは、柔らかなベルラインに仕上げた。ピンクのウサ耳に黄金の絹を飾っている。


 有能な外交官にして参謀、エンゲルブレヒト侯爵家嫡子でありローヴァイン伯爵夫人となるクリスティーネ。彼女はラベンダーのドレスのスカートに黄金の絹を重ねた。長身を生かしたスレンダーラインだ。


 モーパッサン辺境伯の地位を持つハイエルフ、豊かな知識と精霊魔法の使い手リュシアン。ラベンダーのシャツを紺色の民族衣装で纏め上げた。肩へ斜めにかかったサッシュに黄金の絹を利用している。


 文官として仕えるハルツェン侯爵令嬢ユリアの姿もあった。彼女は控えめに、ラベンダーと黄金の絹を絡めて手首に巻いている。


 全員が私を象徴する色を纏い、現側近の後ろに控える姿は見ていて気分がいいわ。最後の段を登ったところで、女王陛下がちらりと視線を動かした。私から見て左側にヴィンフリーゼが立っている。次期王太女になり、私が統一する大陸を受け取る娘――。


 陛下が肩から真紅のローブを滑らせた。差し出されたローブを受け取り、ふわりと纏った。肩の位置でブローチを使って固定する。両膝を突いて顔を上げた。

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