第十一幕

390.王子誕生で譲位が確定した

 刃向かう属国は解体したり併合し、徹底的に叩き潰した。ようやく誰もが理解する。ローゼンミュラー王太女に逆らえば、強烈なしっぺ返しを食らうと。


 代わりに忠誠を誓い、彼女を支える柱になれば、相応の褒賞で報いられる。誰が好んで痛い方を選ぶだろうか。


「私の代替わりでも騒動が起きたわ」


 お母様はベッド脇で、そう呟いた。疲れた私の額に張り付いた髪を弄りながら、優しい眼差しが向けられる。苦労して出産したばかり。テオドールの予言通り、金髪の王子だった。


 まだ目は開いていないけれど、間違いなく私達の息子よ。王太女ヴィンフリーゼに続き、長男となり彼女を支える弟が生まれた。最高のタイミングで、母は私に譲位を宣言した。


「すべて予定通りね。あなたの計画性には驚かされるわ。退位したら孫の世話をしながら、のんびりしたいの」


「お母様、お言葉ですが……この子達の世話は忙しいですよ」


 のんびりする時間なんてありません。ふふっと笑い、眠気に誘われるまま目を閉じた。隣でいそいそと準備していたテオドールが、温かい濡れタオルで汗を拭っていく。すごく気持ちがいいわ。


 息子の名前を考えないといけない。それからエレオノールに指示を出して、他国への警戒を強めないと。エルフリーデやクリスティーネに連絡するべきよ。それとリュシアンからの報告書が遅れていたし……。


 出産直後で体力を使い果たした私は、考えることを放棄した。頭の片隅で、即位後の計画を! と騒ぐ私がいて……隣で、でも眠いのよ! と切り返す私もいる。今は後者の味方よ。


 体力が落ちた状態で考えても、ろくな案が浮かばない。自分にそう言い訳して、意識を手放した。





 不思議で懐かしい夢を見たの。日本の実家にいた。二階の自室の窓は開いていて、夏の蒸し暑さにうんざりする。じめじめした湿気と、窓から差し込む日差しで汗が滴るほどだった。


 私を呼ぶ声がして、返事をして起き上がる。半分くらい寝ていたみたい。階段を降りた先に、なぜか家族が全員で並んでいた。懐かしくて駆け寄ろうとして、階段を踏み外す。





 がくん、体が沈む感覚にびくりと全身が揺れた。びっくりして瞬きし、やや薄暗い部屋を見回す。見慣れた私室は、豪華な家具が並んでいた。柔らかなベッドの隣で、テオドールが横になっている。もちろん、起きてるわよね。


「テオ」


「はい」


 即座に返事があり、嬉しくなって手を伸ばした。触れた彼の指に絡めて握る。ひんやりした彼の手はさらりと乾いていて、私は汗ばんでいた。


「冷たくて気持ちいいから……このまま」


「少し熱があるようです。息子を産んでくださり、ありがとうございました。伝える機会がなく、遅くなりましたね」


 耳に入る声が眠りに誘う。私、テオドールの声が好きだわ。今更ながらに自覚した。


 今は夜かしら。朝までもう一度眠って、また二週間の育児が始まる。それが終われば、すぐに戴冠式を行い新女王の即位を宣言しなくては――忙しくなるわ。


 弟が出来たヴィンフリーゼにも気を使わないとダメね。あれこれ考えるが、すぐに霧のように霞んで消えていく。まとまらない思考は久しぶりの感覚だった。


「もうお休みください」


 いつまでも眠りに落ちきれない私を察したように、テオドールの冷えた指先が目元を覆った。


 日本は懐かしかった。家族も顔を見れて嬉しかったけれど、今の私はこの世界で生きていく。だからテオドール、この手を離さないでね。繋いだ指先の温度が、じわじわと溶け合った。

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