389.(幕間)やっと終われる

 ハイエルフに生まれ、何一つ不自由なく育った。豊富な魔力と精霊への親和性、ハイエルフの中でも頂点に近い位置にいる。実力者を輩出し続ける我が一族に、リュシアンが生まれるまでは――次の長老候補筆頭は私だった。


 イレネー・サンテール。一族の中で最も精霊と近く、魔力もトップクラスだった。精霊魔法を使うハイエルフの幼馴染みや友人は、すべて自分より格下だ。だから安心しきっていた。そんな私に生まれた甥っ子は、恐るべき能力を持つ。


 他のハイエルフと契約する精霊すら、一瞬の目配せで奪い取るほど。圧倒的な魔力量と初代長老を凌ぐと言われる親和力が、嫉妬すら寄せ付けない。並び立てると思えば嫉妬も発生するだろう。だが、ここまで実力に差があれば、嫉妬は追いつかなかった。


 どんなに努力しても届かない高みで、彼は平然と当たり前のように力を振るう。誰より優れたハイエルフであり、外見も美しく整っている。それが羨望を呼び起こした。反発する感情と、惹かれてしまう本能の間で葛藤する。


「イレネーよりリュシアンの方が優秀だな」


 長老のこの言葉を聞くまでは……羨望の方が強かったのに。確約された地位を奪われる気がした。経験も人徳も私の方が上だ。実力はあれど自分勝手なリュシアンは、人族や魔族と付き合って仲間を蔑ろにする。だから、長老に相応しくない。


 訴えた直後から、私へ非難の眼差しが向けられた。エルフだけでなく、同族や精霊からも。何故だ? 私は長老になるために努力したし、常に先頭を歩いてきた。後からひょこっと現れた、魔力が高い甥っ子が優遇されるなんて。


 ふらりといなくなった時は、正直ほっとした。周囲の期待がまた戻り、注目されて、次期長老候補の名に相応しい扱いを受けた。聖国を出たリュシアンを心配する気持ちより、二度と戻ってこないことを望む。いっそ儚くなってしまえばいいのだ。口に出せない醜い感情が胸を支配した。


 ひょっこり戻ってきたアイツは、魔王と親交を深めたらしい。他国との繋がりや経験を武器に、再び候補筆頭の地位が彼に移った。ずっとリュシアンの日陰で、この境遇に甘んじて生きていくしかないのか。諦めかけた私を、神は見捨てなかった。


 聖杯を盗んで魔王に渡した。断罪を振りかざした私だが、人族の王太女に邪魔をされる。理路整然と言葉で我々を追求し、追放されるリュシアンを手中に収めた。ここからすべてが崩れていく。長老の地位が転がり込むと喜んだのもつかの間、精霊達は呼びかけに応えなくなった。


 アルストロメリア聖国から精霊が消え、魔力量に関係なく魔法が使えなくなり……あっという間に転落の一途を辿った。食料の野菜を育てるための、生活に根付いた魔法もすべて使えない。水をやるのも、育成を手助けするのも、栽培数を増やす魔法も。すべてなくなった。


 狩りや釣りも、人族のように根気よく行う必要がある。果物を採りに行ってケガをする者が増え、その傷も簡単に治らない。体を清潔に保つ魔法も使えず、このままでは国が衰退してしまう。


 起死回生の一手として選ばれたのが、精霊とまだ繋がるリュシアンを連れ戻すことだった。背に腹は変えられない。仕方なく同意して彼を連れ戻しに向かった。長老は毒を用いて、リュシアンと繋がる王太女を排除しようとする。失敗に終わり、最悪の状態でモーリスと共に攻撃に移るが、これまたあっさり防がれた。


 見えなくなった精霊達が、怒りに点滅しながら我々を囲む。人族の精霊の剣の乙女が、投げた短剣を弾いた。恐ろしいほど美しい男が、王太女を庇う。捕まって死罪が言い渡され、呆然とする暇はなかった。


 美しい人族の男は、その外見から想像もできない残虐さを秘めていた。手足を切り落としては修復し、切り刻んでは治癒させる。激痛と恐怖に耐えかね、モーリスは狂った。その恐ろしい姿に、恐怖や嫌悪より先に……羨ましいと感じる。


 ――もう、死なせてくれ。そう願った私の首が落ちる日、ぎこちなく微笑みを浮かべた。やっと終われる。転がった首が最後に見た空は、どこまでも澄んでいた。

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