388.(幕間)精霊は生きろと伝えたのに
――アルストロメリア聖国への手出しを禁じる。罰は直接関わった者にのみ与える。
大陸最大の国家シュトルンツから発せられた通達に、私は青ざめた。なぜそんな事態になったのか。長老は二名の同族を伴い、シュトルンツへ旅立った。その理由は王太女の結婚と次代の誕生を祝うため、と聞いている。そこで何が行われたか。
精霊達は「十日で国境は封鎖される」と伝えてきた。頼み込んで聞き出した話の酷さに、愕然とする。祝いに向かったのではなく、リュシアンを取り戻しに? あの子は私達に幻滅し、国に絶望して出て行ったのに。
精霊の力を失わなかった彼を取り戻せば、元通りになると考えたのだとしたら。なんて愚かなのだろう。同じハイエルフであることが恥ずかしくなる。
「精霊達よ、私はこの国を離脱する。リュシアンに心からの詫びを伝えてくれないか」
迷う様子を見せる精霊は、もうぼんやりと見えるだけ。以前は光り輝く中に、美しい姿を見せてくれていた。これはリュシアンを助けなかった己の醜さが原因だ。
「伝えるだけでいい。許しは求めない」
譲歩したと思ったのか、点滅して「いいよ」と答える精霊に深く頭を下げて礼を告げた。彼らが飛び去ったのを確認し、大急ぎで自室へ戻る。同室の友に話をしたが、彼は首を横に振った。
ハイエルフに生まれ、敬われて暮らすことに慣れた。今の友に何を言っても通じないだろう。だが国を出るなら、今しかない。長老が留守にしており、国境が封鎖される前でなくては、逃げられなくなるのだ。友の説得は諦め、外へ出たところで幼馴染みが待っていた。
彼女は私と同行する意思を示し、他にも離脱を希望するエルフの仲間がいると話す。大急ぎで合流し、森を抜けた。以前は協力的だった森も、今では余所余所しい。枝葉は避けることなく、風もどこか冷たかった。
国境に近づくにつれ、不安が増大する。それでも足を止める恐怖に勝ることはなく……抜けた瞬間、ふわりと暖かさに包まれた。点滅する光の精霊達が歓迎するように舞い、安心して座り込む。
「私達は今度こそ間違わずに済んだのか」
「ええ、そうね、正しい選択だったのよ」
抱き合って喜び、一緒に国境を越えたエルフとも肩を叩き合った。いつの間にか脱落者が出ていたようで、五人ほど減っている。彼らは聖国に戻ったのだろう。
明日、国境は閉鎖される。先陣を切った私達に、別のグループが合流した。最終的に国を捨てたのは、四十八人のエルフと私達二人のハイエルフのみ。国境近くで待ったが、それ以上の離脱者は確認できなかった。
「愚かだが、それもまた……」
世界の自浄作用なのだろう。驕り高ぶった種族は淘汰されるのだ。それでも生き残る意思を持つ我らが血を繋いでいく。かつての繁栄は遠くとも、細々と生き存えることは可能な人数だった。
「シュトルンツの王太女ローゼンミュラー殿下の温情です」
黒装束の数名に促され、屋敷をひとつ与えられた。全員で住むことが可能な広さ、服や食事もしばらくは供給される。その恩に報いるため、薬を煎じたり特殊な布を織ったり。エルフは働き始めた。
幼馴染みと私は周辺国のエルフ達と連絡を取り、必要な道具集めに奔走した。気づけば数年が経過しており、ようやく援助なしで生活が可能になっている。自立して屋敷を出ていく者も増えた。
「あの国は飢饉で大変らしい」
「先日は洪水もあったとか」
精霊の加護をなくした祖国は、緩やかに滅びの道を辿る。数十年は残るだろうが……その先は。
「自業自得だな」
「ええ。せっかく精霊が伝えてくれたのに」
生きろと言っている。そう受け取ったから、慣れ親しんだ国を捨てた。私達は人族と交流し、この国に根を張って生きて行く。いつか、精霊に再び認められるその日まで。
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