425.同じ思いはさせたくないの
息子フリードリヒを部屋に戻し、ヴィンフリーゼを連れて執務室へ戻った。泣き続ける弟に、困惑した顔を見せるヴィンフリーゼはソファーで居心地悪そうに指の爪を弄る。その癖、直らないわね。何度か注意したけれど、不安になると現れるの。
彼女の未来を考えるなら、その癖は致命傷になりかねない。もし決断を迫られた場で、不安な心情を見透かされたら? そう思うから注意する声は厳しい。
「リゼ、癖が出ているわ」
「申し訳ありません、女王陛下」
ああ、本当に可哀想なくらい賢くて
「お祖母様が指示されたのですか」
「近いけれど、少し違うわね。あの人はこうなる結末を知りながら手を打たなかったの」
孫であるパトリツィアを攫えと指示しなかった。けれど、王家に叛意を持つ貴族の肩を持つフリをすれば、増長した彼らが末っ子姫に手を出すと理解していて……そのまま放置したのよ。実際に指示していたら、可愛い孫が傷つけられることはない。傷つけられても仕方ないと考えたの。
私はそこが許せなかった。母親として、
「私も同じように連れ去られたことがあるの。あの時、お母様は震える私を抱きしめなかった。今でも覚えているわ」
ただ、手を伸ばして触れてほしい。母として抱きしめて「もう大丈夫」と言ってほしかったの。願いは叶わず「無事でよかったわ」の一言で済まされた。あの後、お兄様を王に担ぎ出そうとしていた公爵家がひとつ潰されたわ。だから理由は理解できる。
囮にされたのよ。私を邪魔だと思う勢力を引っ張りだすために、隙を作って誘った。理解した時の衝撃は今でも胸が痛くなる。もしかしたら、捕らえられた瞬間に殺されたかもしれない。お母様はその危険を承知で私を使ったのか。不信感を強く持った。
「あの記憶があるから、私は飛び出したのよ。女王失格でもよかった。母親としての私を優先したかったの。お母様には意外だったでしょうね。そっくりで同じ考えを持つと思った私が、お母様の予想を飛び越えたのだもの」
思い出すたびに胸を抉る痛みを、我が子に残したくなかった。そのための行動が失格なら、潔く受け入れるわ。国はとても大事よ、でもね……人としての道を誤りたくないの。踏み外したら戻れない気がするから。
無言でテオドールがお茶を差し出す。用意されたお茶に、銀の匙を入れてくるりと回した。じっと見つめるヴィンフリーゼが、同じように匙を取り出す。この子は親しい人が差し出すお茶やお菓子に、用心しなかった。今後は変わるでしょう。悲しいけれど、それも女王になるための勉強だわ。
今夜は私もヴィンフリーゼも眠れそうにない。長い夜になりそうね。溜め息を吐いて、お茶を二口飲んだ。いつもより渋く感じるわ。
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