426.すべて上手くいくと思っていたの

 結局、騒動の顛末はこうなる。


 順調に王太女としての能力に磨きをかけるヴィンフリーゼと違い、純粋で真っすぐなフリードリヒに母は不安を感じた。天真爛漫なパトリツィアにも。今後、王太女を支えるに相応しくないと感じた二人の資質を確かめたかったのね。


 母は祖父を手足に使い、不満を持つ貴族を焚きつけた。少し煽れば熾火に火が付く。薪を足してやれば、驚くほど高く燃え上がった。愚かな貴族や他国の元王侯貴族が踊る様を、母はどんな気持ちで眺めたのか。少なくとも、哀れだと同情する気持ちはなかっただろう。


 尋問された貴族達の供述には、王太后であり前女王の母が味方についたため、決行を決めたとある。つまり母が最後のトリガーを引いたのは間違いなかった。祖父は前宰相でも隠居の身だから、大きな権力はない。影響力を大きく見せて、彼らを煽ったのだ。


 結果、末娘をさらう計画が実行された。フリードリヒが止めに入ったのは予想外で、実行犯は逃げるために引き剥がそうと殴っただけ。後で相手を理解して焦ったらしい。事が大きくなり過ぎる、と。


 ヴィンフリーゼが追いかけたのも、母には意外だったでしょうね。姉としての愛情、長女としての責任感、冷静に判断するより先に動いた。同じように飛び出した私に似て、感情の起伏が激しいのよね。もう少ししたら隠すことも覚えるでしょう。装って本音を殺すことも……。


 今回の事件が、そんな我慢を覚える前だったのが、不幸中の幸いね。弟のケガに憤り、妹の悲鳴に奮起した。この経験はヴィンフリーゼにとって大きな経験よ。本当は、こんな経験させたくないけれどね。


 きっと私から報告を受けて、一番焦ったのはお母様かもしれない。長女のヴィンフリーゼにだけは、危害を加えられないよう手配していたはず。本を読んで目を離した隙を狙わせたのは、間違いなかった。


 近くにいた護衛を呼びつけ、侍女や侍従を引き離し、側近候補の子ども達を誘い出した。その愚かな振る舞いが、共犯者達の害意を後押ししたの。何をしても、前女王がもみ消すと勘違いさせた。そうでなければ、その後の展開が説明できない。


 王子の頭から大量の出血、大急ぎで対応すれば誤魔化しが効いた。敵が入り込んだので、排除したといえば済む。革命でも叛逆でも、また画策すればいいのだもの。貴族達だって馬鹿じゃないわ。引き際は心得ていたはず。なのに危険を犯して続行を選んだ。


「なんて愚かなの」


 呟いた私の肩を、テオドールが抱き寄せた。ヴィンフリーゼは先ほど退室し、執務室に残るのは私と彼のみ。見て見ぬフリを強要されたエルフリーデは謹慎中、護衛を呼び出す手伝いをさせられたエレオノールも同様だった。


「ヒルト様」


「傷が大き過ぎるのよ。私は二人の側近を失い、リゼは人を信じられなくなるでしょう。フリッツとパティは失格を宣言されたも同然……どうしてなの? すべてが上手くいっていたのに」


「……上手くいき過ぎたのです。もう一度積み重ねましょう、ヒルト」


 呼び捨てたテオドールは、触れるだけのキスを額、頬、鼻先にくれた。けれど唇には触れない。まだ終わりではない、と? そうね、もう一度頑張ってみるわ。少なくとも譲位するまでは、私がこの国の女王だから。大陸制覇の野望を捨てられないなら、立ち止まる暇はないわ。

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