176.予定はほぼ消化したわね
騎士団長クリストフは、約束を守る男だった。娘アンジェラを傷つけない婿候補、それも未来の皇帝で何ら問題ない人物を当てがったことで、皇帝の座に就くと承諾する。これで一安心だわ。
エンゲルブレヒト侯爵をシュトルンツに取り込み、新しい宰相としてルピナス帝国へ派遣する。裏から牛耳るのに、皇帝と宰相を掴んだらばっちりね。さらに次期皇帝となるエトムントも掌握した。
悪役令嬢として婚約破棄されたクリスティーネを回収し、側近とする手筈も整っている。残る懸念材料は……魅了を使うヒロインと攻略対象の第二皇子ね。
レオナとアウグスト、どちらも不要なので処分しないとね。仏心を出して見逃し、後悔する気はないの。すでに赤く濡れた指先なら、手首までどっぷり染めても構わない。統治者として、白い手袋で隠せばいいのよ。
「ほとんど終わったわね」
ルピナス帝国へ出向いた用事は、ほぼ終わりだった。呟いた私の前に、エレオノールが珈琲を差し出す。刺激が強いので、獣人はほとんど口にしない。不思議に思って振り向けば、クリスティーネが淹れたようだった。
「珈琲は久しぶりだわ」
「考え事してる時はよく飲みます」
貴族社会で珈琲を口にするのは、ルピナス帝国くらい。どの国もお茶文化だった。アルストロメリア聖国はハーブ系が得意で、我がシュトルンツは緑茶も紅茶も飲む。アリッサム王国は烏龍茶のようなお茶を飲んでいたけれど、私が訪問した時は紅茶が流行していた。
ルピナス帝国でも、珈琲は少数派らしい。クリスティーネの説明を聞きながら、ミルクを少し。くるりと銀匙で回して抜き取った。
「頂くわね」
エレオノールは自分用に紅茶を淹れた。嗅覚や味覚が鋭い獣人に、珈琲を飲めなんて言わない。好きな物を好きに飲食すればいいの。さまざまな民族を取り込んだシュトルンツは、嗜好や文化の違いに大らかだった。
ルピナス帝国の貴族や民と交流が増えれば、珈琲も普及するかも知れないわね。山岳の少数民族が栽培する珈琲の木は、ルピナス帝国が独占していた。シュトルンツに輸出していたはず。
「お嬢様、大変お待たせいたしました。ネズミと害虫を捕らえましたのでご報告申し上げます」
「ご苦労でした、
ノックして入室した彼の発言に、小さな針を刺す。ちくりと、その痛みに彼は敏感に反応した。
「申し訳ございません。ローゼンミュラー王太女殿下にご報告いたします。逃げた第二皇子とその愛人を捕獲いたしました」
ルピナス帝国にいる間は、ボロを出さないでちょうだい。執事ではなく、臨時大使なの。ネズミや害虫を捕獲したら困るわ。命令と違うでしょう? まあ、実態はネズミと害虫だけど。誰に聞かれても揚げ足とられない言葉で、報告してもらわなくちゃね。
「処罰は決まっているの。実行してもらえるかしら」
「畏まりました。それから、ルピナス帝国駐在大使ハルツェン侯爵令嬢ユリア殿より、お目通りの申し出を預かっております」
肩書き長いわね。彼女も優秀だけど、自国へ連れ帰るとルピナスが手薄になる。でも今後のために手駒にしておきたいわ。
「許可します。明日ならいつでもいいと伝えて」
「お伝えします」
テオドールは名残惜しそうにしながらも、役割を果たすために退室した。見送ったクリスティーネは、ここでようやく口を開く。
「とても……その、変わった方ですのね」
「いいのよ、はっきり言ってくれても。私フェチの変態だもの」
ぶっと珈琲を吹き出した彼女は、咄嗟に手元のバッグで受け止めた。やだ、大丈夫? バッグの中身、シミにならないといいけど。
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