177.将来は不安定なものよ
クリスティーネのバッグは、残念ながら処分となった。お金に困ってるわけじゃないし、見ると思い出すから使えないと苦笑いする。処分といっても、貴族の愛用品は高級な素材が多いので、民に売り渡すのが通例だった。
ドレスは解いてから、下位の貴族へ売り渡される。好みではない贈り物だったりすれば、宝飾品でも売買された。よくある物語の「一度袖を通したドレスは二度と着ない」なんて無駄も考えられない。
とにかく素材が高かった。貴族だからと散財すれば、すぐに破産するだろう。建物や家具のように代々使う物は高級品を誂えるが、ドレスは体型が変われば着られない。そのため、湯水の如く散財する王侯貴族はいなかった。
バッグもきちんとリサイクルされて、誰かの革ブレスレットや靴紐になるかも。同じ形のままでは使用しないと思う。お詫びに私からバッグを贈ろうかしら。
「待たせたわ」
「いえ。お美しい方の準備は時間がかかるものです。待つのも楽しみのひとつですから」
さらりと返したユリアは、今日も男装だった。男物の服を女性が着るのではなく、女性用に作られた動きやすい服の方が近い。袖や襟にレースを使い、とても華やかな雰囲気だった。彼女によく似合うわ。
何より、発言が紳士的なのよ。前世で観劇した女の園を思い出した。そうよ、すごく似てる。男装の麗人、それも振る舞いが王子様なのよね。
待たせたことは事実だから否定せず、肯定しながらも相手に指摘された不快さを感じさせない。外交官としての腕も一流だった。先に腰掛け、ユリアに着座を勧める。屋外ではなく、室内での歓談を選んだ。
「すぐにお時間をいただき、助かりました」
「もうすぐ帰国してしまうの。だから申し出は嬉しかったわ。もう一度お会いしたかったから」
自国の大使だからこそ、気を抜いた会話はあり得ない。未来の君主として相応しくないと判断されたら、造反を招くわ。それに……彼女は将来的に欲しいの。
「ローゼンミュラー王太女殿下、率直にお尋ねします。皇帝を交代させれば、ルピナス帝国は一時的に持ち直すでしょう。その必要性と将来をどうお考えですか」
あら、本当に率直に尋ねたわね。ストレートの豪速球じゃない。扇を広げて、パチンと閉じた。顔を隠すことなく、わずかに身を乗り出す。今日はエレオノールもクリスティーネも同席させなかった。正解だったわ。
「将来は不安定なものよ」
誤魔化されると思ったのか、ユリアの表情が曇る。
「私は大陸を制覇したいの。そのために動き、布石を打ってきた。これで答えになるかしら」
夢を語る口調で、現実を突きつける。アリッサム王国が最初の布石ではない。それより前から、国内を含めて手を打ってきた。足場を固め、時機を見て動く。言葉にしたら簡単なのに、とても難しいのよ。
アリッサム王国から専属騎士を得て、アルストロメリア聖国で精霊魔法の実力者を引き抜いた。魔国バルバストルで魔王に恩を売り、ミモザ国から宰相候補を手に入れる。ルピナスで外交担当を味方に付けたら、もう私の夢は目前だわ。
淡々と説明した私に、ユリアはとても美しい微笑みを浮かべた。
「どうか、あなた様の治世の一端に私の居場所をください」
「もちろんよ、優秀な人材を遊ばせるほど、私は無能ではなくてよ」
ほほほと笑って、扇を広げる。口元を隠して、もうひとつの議題に入った。この国の大使として、表も裏も知るユリアだから聞いておきたい。
「旧皇族の処分について意見を伺いたいわ」
微笑みはそのままに、ユリアは声のトーンを下げた。
「一部は使い道がございます」
全員でなくて良かったわ。第二皇子は処分する予定だもの。詳しく聞くために、扉を開ける。テラスへ向かって、庭を楽しむための長椅子に腰掛けた。断りを入れて隣に並んだユリアが齎した情報に、私は口角を上げる。処分方法が決まったわ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます