79.言い換えましょう、邪魔です
襲撃者への反撃に、容赦も慈悲も不要。それが私の決意表明となって言葉に滲む。
カールお兄様は勢いよく踏み出し、残り7人となった群れに飛び込んだ。背後が疎かになる、誰もがそう思う状況で、後ろから切り掛かった男を貫いた。己の脇を抜ける形で突き刺した剣を、振り回す形で回収する。腹を刺された男は、内臓を撒き散らしながら倒れた。
エルフリーデの優雅な足運びと違う。雑で粗野な印象を与える剣技は、兄の師匠のせいね。傭兵を束ねて盗賊団を捕縛してきた賞金稼ぎ、そんな経歴を持つ男から戦い方を学んだ。お行儀のいい剣術も出来るのよ。でも実戦になると、こちらの方が効率が良くて生き残る確率が高いのだとか。
目の前で兄の実戦を見るのは2回目だけど、今回の方が動きが悪いわ。正装の上着を着たままで動きづらいのかしら。
「うぉりゃ! せいっ!!」
「豪快、ですね」
「正直に言っていいわ。粗野でしょ? 集団戦でなければ、お行儀がいいわよ」
褒め言葉を必死で選んだエルフリーデに、くすくす笑いながら答える。護衛として剣を抜いているが、振るう機会はなさそう。
また兄の背後を取ろうとした男が、上から剣を振り下ろした。さっきの男もそうだけど、後ろから狙うのなら息を殺して突き刺す一択よ。剣を振り上げれば気づかれる確率が高い上、後ろから襲うメリットが消えてしまう。武術の実技は免除されたけれど、国のトップに立つ者として戦術や戦略、剣技を学んできた。
確実に自国を勝たせ、出来るだけ多くの民を生き残らせる方法を知る私から見たら、指揮者の無能が際立つ襲撃だった。
「何をしているの! おやめなさい」
駆け込んだエレオノールの声に、騎士達は一瞬だけ迷う。しかし襲撃は続行された。駆け寄ろうと庭に出る彼女を、テオドールが止める。
「死にたくなければ下がりなさい」
命じる口調にびくりと肩を揺らした後、エレオノールは顔を上げて言い放った。
「ここは我が国であり、私は王女です。他国の賓客を危険に晒した場で己の保身を考えることはありませんわ」
「ならば言い換えましょう。邪魔です」
あらぁ……テオドールったら容赦ないのね。応援が来たら動けるよう、回廊に近い位置で2人を屠った彼は、端的にエレオノールの気持ちを切り捨てた。その冷たい声と鋭い眼差しに、足の竦んだウサ耳王女へ微笑みかける。
「エレオノール王女殿下、問題ありません。もう片付きますもの」
ちらりと視線を向けた先、カールお兄様が最後の一人を切り捨てた。息があるのは半数ほど。強い血の臭いに、セイジやローズマリーの香りは掻き消された。
汚れた上着を脱ぎ捨てたカールお兄様の筋肉が、むきっと盛り上がる。
「上着が汚れてしまったな」
上着どころか全身血塗れよ。足元に落ちたマントや赤く染まった靴を見ながら、私は扇をぱちんと畳んだ。見回す範囲に敵はいない。
「終わったようね。カールお兄様、テオドール。ご苦労でした。エルフリーデも……きゃっ!」
労う言葉を口に出した私は、エルフリーデに引っ張られた。いきなりの行動に躓いて転びかけた体を、彼女の腕が支える。と同時に、テオドールが間に入った。
ギンッ、鈍い音がしてテオドールの短剣が折れる。受け止めたはずの銀刃が彼の上に迫った。
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