80.規格外だから心配しないわ

 がっ、鈍い音がしてテオドールが身を屈める。青ざめたエルフリーデに庇われながら、私は体勢を立て直した。ダンスや護身術で鍛えた体は、裾を踏むこともなく持ち堪える。


「テオドール殿?! 今助けに」


「落ち着いて、エルフリーデ。ほら」


 私は普段通りの声で、よく見るように促す。テオドールは短い棒状の何かで剣を受け止めていた。刃はない。それを傾けて襲撃者の勢いを受け流した。身を起こしながら、袖から抜いた針のような武器で敵の首を突き刺す。


 抜かずに手を離したテオドールの前で、黒い装束に身を包んだ襲撃者が倒れた。完全に息の根を止めたのだろう。テオドールは振り返ると膝をつき、私に頭を下げた。


「もう、扇はそうやって使うものじゃないわ」


「はい。ですが間に合いませんでしたので、少しお借りしました」


 返された扇は歪みもなく、すらりと開く。不思議そうなエルフリーデが近づき、手を伸ばした。


「ブリュンヒルト様、そちらは……」


「ふふっ、中に特殊な鋼が入っているのよ」


 護身術で習ったのは、最初の一撃を凌いで逃げること。そのために必要なのは、短剣ではない。場所によっては持ち込めないこともあるからだ。夜会の広場やお茶会にも持ち込め、普段から手にしている一般的な道具……扇は隠し武器に最適だった。


 開いた扇の外側にある親骨の中に、鋼が仕込まれている。これを使って襲撃を受け止めたのだ。鈍く硬い音がしたのは、刃をつけていない棒状の扇だったせいね。下手すると剣の刃が欠けるわ。


「お借りしてよろしいですか?」


「構わないわ」


 ドレスに合わせて、お母様が用意してくださった扇は真珠やダイヤも使われる豪華な仕様。だけど、目的は隠し武器なので、今回は立派に役目を果たしてくれた。普段はただ重いだけの扇だもの。


「これ、縁が鋭いですね。それに重いですわ」


「ええ。扱いが難しいのよ」


 お茶会でティーカップを品評するように、エルフリーデは目を輝かせて興味津々だった。そんなに気に入ったなら、今度贈るわね。そう告げたら、約束ですよと興奮気味に返されたわ。予想外の反応よ。


「ふぅ、安全だと分かっていても肝が冷える」


 カールお兄様は文句の割りに、のんびりと剣の血を拭って戻ってきた。テオドールの実力は、何度も手合わせしたお兄様も理解しているわ。だから任せたんでしょうけれど……。


「もう襲撃は終わりね。ならば、国王陛下に謁見を申し込む必要があるわ」


 このまま終わるとは思ってないでしょうけれど。襲撃者の後ろにいる人物は想像が付いていた。王族に準じる発言力を持つ者よ。


「ローゼンミュラー王太女殿下、父への取り次ぎならば私が行います」


 目の前で繰り広げられた惨劇に、普通の御令嬢なら卒倒しただろう。王族はそのような教育を受けない。誰を犠牲にしても生き残って血を残せ、と教わるからよ。それでも声を震わせることなく、顔を上げて私を見据える。エレオノールは、ようやく本性を見せたわね。


「ええ、今すぐにお願い」

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