450.(幕間)女を敵に回した末路は

 祖国デーア王国は、シュトルンツ国の属国となった。自治領としての権限はあっても、国主の采配は禁じられている。国王陛下はその決断に迷わなかった。嫡男である王太子殿下も同意し、残る二人の王子は反対する。夫である第三王子ディルク様の癇癪を聞き流しながら、私は窓の外に視線を向けた。


 どんなに反対しようと時勢に逆らえない。シュトルンツ国は大陸を治める唯一の国家になるでしょう。女性は現実主義というけれど、私もそう思うわ。だって、理想論ばかり並べて喚き散らす夫に、ちっとも賛同や同情は浮かばないんですもの。


 妻は夫に黙って従え。嫁ぐ前からこの口癖に眉を顰めてきた。私には愛する人がいて、いつか結ばれる日を数えながら楽しみにしていたのに。舞踏会で見初めたといい、勝手に王族の権限で婚約者を挿げ替えられた。こんな男に体を許すなんてぞっとする。それでも、実家のために我慢してきた。


 幸い、最近は新しい愛人に夢中だ。私が見つけてきた彼好みの若くて従順な女性、彼女と結婚して私を離婚してくれたらいいのに。一度捕まえた獲物に餌はやらなくても、人に取られるのは嫌な性質らしい。


 すでにシュトルンツへの併合が決まった王宮で、いつまでも我が侭を振りかざす男にうんざりしたのは国王陛下も同じだった。厄介払いのようにシュトルンツ国大使の地位を宛がわれる。名誉職のように告げられ、不満はあるが満更でもない夫をよそに、私は国王陛下から思わぬ提案を受けた。


 なんとか失態を引き出し、ディルクを始末できないか――元第二王子殿下は、外交で失敗して王族籍を剥奪されている。なるほど、国王陛下にとって必要な息子は長男のみというわけですね。にっこり笑って、条件を突きつけた。


「私が使命を全うした暁には、離婚を認めてください」


 国王陛下は即断した。国にとって民にとって有用なら、すぐにでも決断できる。視野も広く、普段から知識や情報を蓄えているから出来ること。これほどの傑物から、どうしてあんな愚鈍な息子が生まれたのやら。トンビが鷹を生むのではなく、鷹がスズメを生んだのね。


 そんな例えを口にしたら、国王陛下はからりと声を上げて笑い、こっそりと耳打ちした。あれは俺の息子ではない、と。第三王子ディルクは側妃の子だが、一度も彼女に子種を注いだことはない。子どもが母親に秘密を打ち明けるように囁き、国王陛下は口角を持ち上げた。


「承知いたしました」


 委細すべて呑み込みましょう。夫の為ではなく、もちろん国王陛下のためでもない。このデーア王国のため、住まう民の生活のために私は彼を断罪する。


 呼ばれたお茶会は最高の舞台だった。妊娠されたローゼンミュラー王太女殿下が各国の大使を呼び寄せた会場は、夫の虚栄心を満たした。故に彼は大きな失言をする。いえ、失言が出るように仕向けたのは私自身よ。


 シナリオは黒髪の美女に持ち掛け、打ち合わせ済みだ。デーア王国に支援を受ける代わりに、元王族の中で危険分子になり得る者を差し出す。エンゲルブレヒト侯爵令嬢との策略は、国王陛下の願いとぴたり一致した。


「ローゼンミュラー王太女殿下のドレス、素敵ね。私も着てみたいわ」


 将来、愛する人の子を身籠ったら……この部分は口にしない。体を締め付けないから、妊娠して膨らんだお腹も楽そう。それに平たい靴も歩きやすそうだった。あれなら屋敷の中で普段使い出来る。妊娠中にヒールで階段を降りるなんて、ぞっとするわ。


 案の定、夫は引っ掛かった。女が褒める物は貶す。分かりやすい考えを振りかざし「あんなはしたない下着姿でうろついたら離婚する」と大声で吹聴した。本当に馬鹿ね。権力がここでも通用すると思っているの? ここはデーア王国じゃないのよ。


 無礼を咎められ、呼び付けられて女性に踏みつけにされる。さぞ屈辱でしょう。そんな夫を、穏やかな笑みを浮かべて見送った。だって、女はどんな時でも柔らかく微笑んでいろと命じたのはあなた自身。女である私に助けを求めるなんて、恥じるべき行為だと言ったじゃない。


 見送った後、宰相補佐として辣腕を振るうラングロワ女侯爵閣下から、夫との離婚について提案を受けた。もちろん喜んでお受けします。これで私は愛する人と一緒になれる。ずっと待っていてくれたあの人の手を取り、生涯を共に歩むことが可能になった。


「さようなら、愚かな人。あなたは分不相応の夢を見たの」


 牢で喚く元夫にそう告げ、踵を返した。女を敵に回した男の末路よ。どんなに大きなことを言って騒いだって、女の腹から産まれてくるのよ。愚かな赤子のまま成長しなかったディルクは、最後まで女を理解しなかった。


 シュトルンツ国の王都に足を踏み入れることは、二度とないでしょう。私は貴族の肩書きも捨て、愛する人と共に歩いていく。私を開放してくれた薔薇の姫君に、幸多からんことを――。







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372話あたりで出てきた、大使の奥様です_( _*´ ꒳ `*)_お名前は出しませんでした。彼女も好きな人と再婚して幸せになれたでしょう。リクエスト、またひとつ消化です。

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