449.(幕間)夫として妻を守れなかった

 バッハシュタイン公爵夫人である妻が、使用人に蔑ろにされていた。確かに疑ったが、実際に突きつけられると心が冷える。社交界で荒波に傷つけられぬよう、あらぬ噂の棘が刺さらぬよう、守るつもりで家に隠した。


 だが……その家が安らげる場所でなかったなら、私がしたことは監禁も同然だ。愛しい妻を逆に苦しめた。本人や義母殿の咎ではない不幸で、十分すぎるほど悩み苦しんだ。噂好きな社交界から遠ざければ、彼女のためになると……。


 すべて独り善がりか。公爵家の特殊な成り立ちから、使用人は古くから縁故で雇用されてきた。親子で勤める者も多く、私には居心地の良い空間だ。外から来た妻の地獄だとしても。


 王太女殿下に現実を突きつけられ、私は手を引く妻を振り返った。私の短慮な行動で人質にされたのに、王宮での生活は彼女を救った。常に青ざめて具合悪そうだったマルグリッドの頬は、薔薇色に染まっている。興奮した様子で、王宮内で過ごした日々を語った。帰りの馬車で、こんなに彼女は話し好きだったのかと驚くほどだ。


 ローラントも明るい笑顔で「お母様と一緒が楽しかった」と告げる。優しく聞き出した結果、侍女長達の暴挙が明らかになった。いい子にしないと「母に会えない」と脅されていたのだ。それも母親の悪口付きで。反論しようにも、幼いローラントは言葉が足りない。言い負かされ、悔しかったようだ。


 家令や執事は咎めることなく、侍女長達の暴走を許した。家を監督するのが女主人の仕事なら、雇用した彼らへの責任は私にある。なぜなら、マルグリッドが人事権を行使する前に、公爵たる私が雇ったのだから。


 増長して女主人を蔑ろにする使用人は、公爵家に必要ない。揺れる馬車が止まり、外からノックが響いた。執事だろう。そう判断しながら、私は無造作に自分で扉を開いた。用意されたステップを降り、途中でマルグリッドに手を差し伸べる。


「疲れただろう、マルグリッド。私のせいで迷惑をかけた。処断は私が行おうか?」


 わざとここで言葉を切る。マルグリッドは予想通りに首を横に振った。王太女殿下との約束がある。何より彼女自身が自らの地位を回復するために。マルグリッド自身が処罰する必要があった。


「いいえ、旦那様。私にお任せください。この家の采配は私の仕事ですわ」


 傲慢な貴族らしい微笑みを浮かべる。その美しさに見惚れた。ステップを降りる妻を支え、続く息子を抱き上げた。


「僕、歩ける……ます」


 家令の顔を見るなり、びくりと肩を揺らして言い直そうとした。公爵令息が使用人の顔色を窺う。つまり、日常的にそういう扱いをされたのだろう。すっと目を細めて開きかけた口を、ぐっと結んだ。ここは彼女が主役の舞台だ。


「家のことでお話があります」


 ちらりと私を見て、マルグリッドの言葉に従う礼を取った家令に、使用人を全員玄関ホールへ集めるよう指示した。


「量刑は私の判断で構いませんね」


「任せる」


 きりりと顔を上げた妻は、私が抱くローラントの頬を撫でた。それでも部屋に戻さないのは、貴族として手本を見せる気なのだ。まだ幼なくとも、王家を支える公爵家の一員として、そのあり方を学ばせるのだろう。


「家令アードルフ、並びに執事エアハルトは本日をもって解任します」


 ざわっと揺れる。玄関ホールの侍女達が青ざめた。心当たりがあるのは、レディースメイド辺りまでか。それより下のハウスメイドは本気で驚いている。


「それと、侍女長レナータは……」


「お待ちください。理由を! 親子揃って解任される理由を聞かねば」


 女主人の言葉を遮った男達を、私は許さない。後ろに従う騎士に合図を送った。すぐに取り押さえられ、口に布が詰め込まれた。


「公爵夫人の言葉を遮るなど、首を刎ねられても文句の言えぬ暴挙だが……どうやら躾のなっていない犬が家に迷い込んでいたらしいな」


 全員がさっと口を噤んだ。妻マルグリッドはうっすら微笑んで、そのまま断罪を続けた。


「侍女長レナータは鞭打ちと王都追放を、侍女ザーラ、リンダ、マイケは鞭打ちと下女に格下げとします」


 他は直接危害を加えていないらしい。だが、これで誰が女主人か理解したはずだ。レナータは理由を問い、罪状をその場でマルグリッドに暴露された。


「私の部屋から宝飾品や高価な調度品、ドレスなどを盗み売り捌いておいて……公爵家のお給金まで貰おうなんて。図々しいわ。お義父様に買っていただいたネックレスも、あなたが持ち去ったのよね。やはり窃盗が

できないよう、手首を切り落としましょう」


 凛とした態度で、レディースメイドだった三人にも、罪を言い渡した。その中にローラントが絡む事件はなく……母親なのだと頬を緩める。騙されて母親を遠ざけられた我が子が気に病まぬように。それは私も望むことだった。


 その後、家令や執事が誤魔化した二重帳簿が発見され、彼らも手首を切り落とされ、舌を抜いてから外へ捨てられた。侍女長が彼らに続き、公爵家の上級使用人はごっそり入れ替えとなる。幸い、シュレーゲル侯爵家から借りることが出来たので、屋敷の生活に支障はなかった。


「本当に悪かった」


「そう思うなら、我が主君と定めた薔薇のお姫様に迷惑をかけないでください。望むのはそれだけです」


 王家の監視役と言われた私が、思わぬ首輪をつけられてしまった。まあ、それも悪くない。あの王太女殿下の治世なら、私の出番はもうないだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る