448.(幕間)心に宿す主君を得た

 ローゼンミュラー王太女殿下に、己の育ちを打ち明けた。現在はバッハシュタイン公爵夫人となったが、商家の娘として育ったこと。オストヴァルド侯爵家の娘であり、シュレーゲル侯爵の養女となったこと。


 社交界で噂になれば辛い思いをするだろうと、夫は手を尽くしてくれた。私を実の娘と認めなかったオストヴァルド侯爵家と距離を取り、同情するシュレーゲル侯爵家を後見としたのも、私のためだった。シュレーゲル侯爵家の先代女主人は、オストヴァルド侯爵夫人だった母の叔母に当たる。


 実の子を嫁がせるように、シュレーゲル侯爵は手を回してくれた。豪華な婚礼衣装やお飾り、様々な嫁入り道具を揃える。申し訳ないくらいだった。


 そこまでして望まれた結婚だから、私には口にできなかったの。公爵家の使用人が私を認めないことや、我が子ローラントとの時間を奪おうとすること。勉強、レッスン、剣術、理由をつけて我が子を引き離そうとする。


 それが一番辛かった。女主人として相手にされなくても、最低限の仕事しかせず私を蔑ろにすることも。すべて我慢できた。でも息子と会うことを邪魔されるのは、どうしても……。


 王太女殿下に王宮へ来るよう命じられた時、一番ほっとしたのは私自身よ。だから嘘をつかず、誤魔化さずにすべて告げた。それが王太女殿下への礼儀だと思ったから。


「私が許します」


 その一言がどれだけ欲しかったか。耳にした瞬間、目の奥が潤って鼻がつんと詰まった。一瞬で感情が溢れ出す。隠そうと取り繕った結果、油断したのね。バレてしまった。


 公爵家の使用人達が私を孤立させ、女主人として認めていない現実を。見抜いた王太女殿下は、夫が知っているのかと尋ねる。嘘はつけなかった。


「そう、思っていたより無能なのね」


 辛辣な言葉はまだ続いた。擁護する言葉を退けて、愛する人の変化に気づかないのは無能と繰り返す。不思議と感情が凪いでいく。私はもしかしたら、許し味方になる人が欲しかったのかもしれない。あなたは悪くないと言ってくれる人の一言で、こんなに気持ちが落ち着くなんて。


 夫には言えない。義父にも、情けなくて言えなかった。家計を預かる女主人でありながら、家令や侍女長に実権を握られている。きっと見限られてしまう。情けない奴だと思われたくなかった。醜いわね、私。


 二日後、口出しを禁じられて同席したお茶会で、夫エドゥアルドが王太女殿下に叩きのめされた。といっても、言葉の上でのことよ。それでもいつも強い背中しか見せない夫が項垂れる姿に、驚きとほんの僅かな喜びが湧いた。


 知っていて無視したのではなかった。疑っていたけれど、動けなかっただけ。そんな私に王太女殿下は「自信」という名の肩書きをくださった。次期王太女になられるリリエンタール殿下の教育係――どの貴族も喉から手が出るほど欲しい肩書きだ。


 未来の女王が確定したリリエンタール殿下に近づきたいのは、どの貴族も同じ。バッハシュタイン公爵家は特殊な立ち位置だから、本来は選考から漏れるはず。そこをローゼンミュラー王太女殿下の采配で許可された。これは箔付けとしては、王家の後見を受けたも同然。


「私はマルグリッドを気に入っているの」


 その照れ隠しに似た口調と、また遊びに来いと願う続きに、頬が緩んだ。ぽろりと頬を涙が伝う。ああ、殿方が主君を愛し優先する理由が、ようやく骨身に沁みて理解できた。私の忠誠を誓う主君は、誰でもない。ローゼンミュラー王太女殿下です。


 未来の女王だから、なんて安い理由はいらない。あなたが命じるなら、相応しい立場を手に入れましょう。公爵家の使用人程度、御してご覧にいれます。ですから、いつか……またお茶会に誘ってくださいね。







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 リクエスト2です。公爵夫人サイドでした。明日、公爵エドゥアルド視点で「ざまぁ」な続きを。

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