447.(幕間)呪いは解けたけど臭いわ
王都に戻るなり、一番近い神殿へ飛び込んだ。だが呪いは解けず、神官の必死の祈りも子守唄に終わる。ある程度想像していたとはいえ、これはひどい。
次は教会で、ここは聖水を出してきた。少しばかり期待したが、頭から振りかけても呪いは薄れず、飲ませても効果はなかった。
「もういいでしょう、私が何とかします」
肩を落とすカールを促す。未来の夫はいえ、迂闊すぎる人だ。これで王都中に呪いの話が広まったはず。早く解決しないと、王家の威信が揺らぐ。アリッサム王国の王妃になるべく教育された私にしたら、王子の言動は失格だった。
跡取りではないと甘く採点しても、まだマイナスだけど。前の卵王子よりマシかな。ふふっと笑う余裕があるのは、呪いを消す方法に心当たりがあるから。前世の家業は神社だった。神様は遠くなったけれど、ひとつ屋根の下に暮らした神社の子を助けてくれると思う。
「ローゼンベルガー王子殿下、塔の準備が整いました」
幽閉などに使われる北の塔、そこへ入ると自ら決断したのは偉いわ。同行しようとしたら、断られてしまった。まあまだ夫婦ではないから、この世界の常識では当然ね。でも残念ながら、見送ってあげる気はない。
彼が神殿や教会に立ち寄る間に、騎士達に買いに行かせた品を前に、口元が緩んだ。きっと驚かれるでしょうね。でも神様は意外と近くにいる。八百万というくらいだから、異世界まで手を伸ばして助ける奇特な神様もいるでしょう。
「カール様」
塔の入り口で呼びかける。婚約者である私は、彼に許された名前を口にした。ざわつく騎士の間をすり抜け、彼に抱きつく。蓋を開けた瓶を彼の上で逆さにした。コッポコッポといい音を立てて、白ワインが金髪を濡らす。
「ワイン?」
首を傾げる彼に、右のポケットから取り出した塩をかけ、左に突っ込んだ手が握った麦を「えいっ」と投げつけた。暴挙に見えたのか、周囲の騎士が手を伸ばす。私を取り押さえようとして、彼らの手が迷った。未婚女性の肩や腰に触れるのは、婚約者のみ。不文律に縛られて、困惑顔だった。
じっと見つめる彼は呆然としている。その隙に、前世の実家で聞き馴染んだ祝詞を口ずさんだ。季節のお祝い、寿ぎ、様々な場面で聞いた祝詞を片っ端から唱える。
「このくらいで効いたかしら」
ぱちりと瞬いた私は、ほっとして頬を緩めた。呪いはほぼ消えている。少し残った左側に塩を足した。これでいいかな。ぐるりと回って確認し、頷く。
「呪いが解けたわ」
「本当だ」
呆然としながら、体が軽いとカールは呟いた。その声に、騎士達も目を凝らす。どんよりと暗かった顔色が改善された王子の姿に、わっと歓声が上がった。彼を囲んで抱き合おうとして、慌てて止まる。
不敬罪ではなく、酒臭さに顔を歪めた。このまま抱き合って喜びを分かち合えば、間違いなく制服が酒臭くなる。騎士として昼間から酒臭いのは、問題だった。ざっと距離を置く仲間に、カールはきょとんとして……自ら抱きつきに行った。
数人が犠牲になったけど、当然私は遠慮したわ。正面から言ってやったの。「カール、あなた臭いわ」ってね。誤解したみたいだけど、被害が止んだので結果オーライよ。
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