196.腹の探り合いを楽しんでいるだけ

「王太女殿下がそう仰るなら、信じられる情報なのでしょう」


 マイヤーハイム伯爵は淡々と返す。その声に感情は滲んでいなかった。つまり、まだ合格ラインに届かないのね。


 書類に書かれた報告は、今回の昇降魔法陣の故障から始まり、今回のテールマン子爵の愚行で終わる。その先はまだ公表を控えていた。一度に手札を全て切るギャンブラーはいない。切り札はここぞという場面まで、手元で温存するものよ。


「ええ、まだ未熟さもあるけれど……私がお母様の跡を継ぐ頃には仕上げてみせるわ。今回は別のルートも使ったの」


 にっこりと笑みを浮かべて、まずは一手。詰将棋のように逃げ場を奪ってあげる。謙虚さを装う必要はないので、ある程度強気で押すわね。


「昇降魔法陣の水晶から、動力となる魔力が抜ける。あなたなら何を疑うかしら」


「魔法陣の不具合、または水晶の寿命でしょうか」


「あらあら、今回は別なのよ。水晶がね、交換されていたの。数日前に満たされた水晶を、使用済みの物と……変えたの」


 意味ありげに視線を送るも、彼は平然と受け流す。指先や口元すら動かなさないのは、大したものだわ。


 椅子を勧めることをせず、私は机に身を乗り出す。磨かれた木目美しい机の上を、指の腹で数回叩いた。テオドールが静かに頭を下げる。動いてお茶の用意を始める彼の、微かな物音や衣擦れだけが聞こえた。


「大変お待たせいたしました」


 用意された紅茶のカップは二つ。私の前と執務机の先に置かれた。執事であるテオドールは一緒にお茶を飲まないとしても、置かれたカップと人数が合わない。


「マイヤーハイム伯爵、お茶はいかが?」


「はっ、お気持ちは有難いのですが」


「テオドール、椅子を用意してあげて」


「はい」


 執事としての役目を果たすテオドールが、椅子を移動させる。伯爵の瞬きの回数が増えた。迷っているのね。それ以上言葉で勧めることはしない。彼の行動を見守った。


「ご厚意有り難くお受けいたします」


 私の策を読むために腰掛けることを選んだ。今回の伯爵の役目は、私の試験官よ。答え合わせが済んでいないもの。まだ私の答えが見えない状態で、追い出されることは避けたいはず。


 腰掛けた彼の脇に、小型のテーブルが用意される。丸いスツールに似たテーブルに紅茶が移され、残った紅茶を私は左側へ押しやった。


「リュシアン、どうぞ」


「ありがとうございます」


 余計な口を挟まないと決めたリュシアンは、いつもの口調を改めて当たり障りのない礼だけ口にする。肩書を呼ぶことも、何か付け足すこともしなかった。


 この時点で察したはずよ。リュシアンやテオドールから、反応を引き出すことは出来ない。


「知っているかしら。魔力を込めた水晶は、精霊にとって良い目印なのよ」


「存じ上げませんでした」


 そうでしょうね。砂糖やミルクを入れない伯爵が、口元へカップを運ぶ。その視線が僅かに動き、先に口を付けたリュシアンを見つめた。すぐに逸らされる。


 いやね、薬なんて入れてないわよ? 誰かさんじゃないんだから。腹の探り合いを楽しんでいるだけ。あなたもそうでしょう? 伯爵。

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