197.私が何を選ぶかが重要なの

「昇降魔法陣が発動しないくらい、たいした問題ではないの。困るのは私より、使用人達よね。誰の悪戯かしら」


 テオドールを従える私が、回り道をするか試した。ここで遠回りをしたなら、マイヤーハイム伯爵が根回しした鎧と衝突したわけで。当然だけど、彼は私に失格を言い渡したでしょうね。


 だから、あれは使えない貴族の洗い出しね。誘惑に簡単に引っ掛かる貴族を見つけ、罠にかけて排除する。そう考えると、女王陛下は足元の掃除を始めたのかもね。私をダシに……いえ、囮にしたんだわ。


 話す間に考えが纏まっていく。テオドールは斜め後ろで控え、知らん顔のリュシアンは読書を始めた。きちんと姿勢を正した伯爵と向き合い、私はひとつ罠を仕掛ける。


「水晶の交換は簡単みたいね。ちょうど魔法の専門家であるハイエルフが滞在しているのだから、防止策を講じてもらおうと思うの」


 今後のため、悪戯で交換できなくする。専門の担当者が、正規の手順を踏まなければ抜けないよう、対策を取らせる。これは改善策だから、反対されないはずよ。


「素晴らしいお考えです」


「そう? よかったわ」


 微笑んで、罠にかかった獲物を見つめる。ゆっくり瞬いて、視線を僅かに逸らした。人の顔を見る時、目を見つめずに口元に視線を合わせる。相手からは目を合わせて話したように見えると聞いたわ。


「伯爵も忙しいでしょうから、本題に入るわね」


 扇を手に持つ。広げることはせず、手の中で動かした。頬へ近づける動きに釣られたように、マイヤーハイム伯爵が顔を上げる。きっちり視線を合わせ、口を開いた。


「鎧で武装した者達は、マイヤーハイム伯爵から私を狙うよう命じられたんですって」


「……信じておられるのですか?」


「信じるかどうかは問題ではないわ。私が何を選ぶかが重要なの」


 誰もが勘違いする。王太女という地位は、血筋に胡座を掻く安定した地盤ではなかった。常に己の能力を示し、努力してしがみつく場所よ。手を抜いたら、そこで終わりなの。


 次期女王としての決断を間違えば、一瞬で下されるわ。だから決断は、いつでも熟考した結果のみ口に出す。幼い頃から訓練のように繰り返されてきた。


 私に必要な力は事実に基づいて、判断を下すこと。そこに多少の思惑と理想を混ぜて、方向を示すのが女王の役目と認識してるわ。


「私ね、あなたが命じたのは事実だと認識している。ただ、私を襲うことが目的ではなかったはずよ」


 何も言わずに伯爵は口元を歪めた。笑みに近い表情だけど、一番近いのは自嘲ね。


「簡単過ぎたわ。の指示ね」


 わざと「女王陛下」と呼ばなかった。私の向かう方向に危険が待ち受けると知らせる、母親の視点だもの。普段は表に出てこない腹心を使って、わかりやすい罠を仕掛けた。躓かないのを承知で、足元に穴を空ける行為と同じ。


「女王陛下は関係ありません。すべて私が指示いたしました」


 あら、このタイミングで自白するの? 私、舐められてるの?









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