198.まだお待ちになって
「一度黙って頂戴。あなたに自白の権利はないのよ」
詰将棋の途中で盤をひっくり返すような真似、許さないわ。答え合わせは始まったばかりだもの。
マイヤーハイム伯爵が有能なのは理解した。隠してきた駒を使うなら、女王陛下の思惑はおそらく……私にこの駒を手懐けられるか、試している。ここで失格になるわけにいかないの。先手を打って終わらせようとしても、その手は食わない。王手まで投了は許可しないから。
「このフロアで昨日、麻薬を使った事件があったの」
ちらりと視線で促せば、テオドールが罪人と事件のあらましを説明する。淡々と個人的な感情を交えずに行われた説明の間、伯爵は無言だった。その表情を見ながら「間違いはなさそうね」と判断する。
捕らえたのは、テオドールの留守を漏らした侍女。テールマン子爵と、彼を通した侍従。罰を受けたのは、そこに加えてこのフロアの監督をしていた侍女達の纏め役が一人。廊下で警護していた騎士が二人ね。
相手が貴族だろうと動いてくれなければ、護衛として役に立たない。無駄な人員に給与は払えないし、無能な者を近くに置けば私の命が危なかった。手を抜くわけにいかないわ。
「テールマン子爵でしたら、家名は存じております」
それ以上の付き合いはない。言い切った伯爵に微笑みかけ、テオドールから新しい書類を受け取った。
「あなたの妹君が嫁いだ先は、テールマン子爵の親族ね」
「ええ。ですから家名は存じておりますよ」
妹の嫁ぎ先のさらに先、確かに他人と言えるわ。でも簡単に手繰れる糸を使う理由は、別だった。女王陛下の意図が鮮明になるにつれ、この状況に溜め息が溢れる。
「麻薬騒動は、私の名を貶めるためじゃないわ。この程度の騒動を内部で抑えられない娘なら、王太女を名乗る資格なしと判断しただけ」
無言で否定も肯定もしないマイヤーハイム伯爵へ、私はこのタイミングで名を呼んだ。
「そうでしょう? ファビアン」
貴族の個人名を呼ぶのは、特別な意味がある。己の下に置いたと判断した部下だったり、家族や婚約者など親しい者に限られた。ここで呼ぶのは、私が伯爵の上に立ち、彼を配下におくと宣言するも同じだった。
「王太女殿下、恐れ多いことながら」
切り上げるチャンスをあげる気はないの。
「まだお待ちになって。答え合わせが残っているわ」
遮る形で言葉を被せ、扇を広げた。顔を隠すことなく、その扇を机に置く。
「宰相のバルシュミューデ侯爵が、私の可愛い秘書官を連れて行った。私に忠誠を誓う女騎士は、カールお兄様が。頼りになる外交担当を足止めしたのは、あなたよね」
私に侍り、その豊かな才能を持って手助けする有能な女性達を、女王陛下は取り上げた。残されたのは、王宮で本の虫になったリュシアンと、影であり執事も兼ねるストーカー……じゃなくて、テオドール。
女性を引き離して、男性だけ残した。私の王配候補として、この二人は合格と判断されたのね。娘の伴侶に指図や口出しする母親なんて、嫌われるわよ? お母様。
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