199.罠に気づかなかったのね

 あなたはすでに失敗しているのよ。


「自覚がないのかしら? 私は先ほど、昇降魔法陣の水晶をリュシアンに管理させると言ったわ。それに賛同したわよね」


 ここでマイヤーハイム伯爵、いえファビアンの表情が動いた。失敗を理解し、顔色が青ざめていく。


「あの罠に引っかかった理由は、女王陛下に言われてたからでしょう? 私の王配候補に、テオドールだけでなくリュシアンを加える、と」


「え、やだぞ」


 思わず本音で切り返したリュシアンの正直すぎる反応に、私は吹き出した。くすくす笑った後、後ろで殺気を飛ばす執事を振り返る。


「二人とも正直ね。安心していいわ。私もリュシアンを選ぶことはないもの」


 種族が違いすぎるわ。寿命が長いハイエルフの血を王家に入れる。それは長い目で見たら悪手よ。人は自分達の上に立つ者へ、豊かな知識と慈悲や才能を求める。でも人外であることは認めなかった。


 もし私の子がハイエルフとの間に生まれ、数百年の寿命を持ったら……王家の歴史は途絶えるでしょうね。人以外で人の上に立てるのは、神様くらいだった。人間は異物に敏感で、団結して排除しにかかるわ。


「昇降魔法陣の管理にハイエルフの能力を借りる。不自然なことではないでしょう」


 いい案だと思ったから賛同したまで。僅かの隙にファビアンは、己の動揺を隠して立て直してみせた。その気概は見事よ。


「王宮の魔法陣を外の種族、それも他国の間者かもしれない者に弄らせる。あり得ないでしょう? 普通は反対するのよ」


 昇降魔法陣は王宮の要ではない。だがこの魔法陣に関与することで、リュシアンの地位が確定する。少なくとも宮廷魔術師より認められるわ。魔術師がフォローできなかった部分に手を加えるんだもの。


 リュシアンが他国から送り込まれた刺客なら、魔法陣に細工も可能だった。水晶の魔力を暴走させたり、昇降魔法陣を変化させて乗った者を殺すこともあり得る。なのに、彼が手を加えることに賛成した。


 お母様やお父様による調査が終わっているからよ。安全な人物と太鼓判を押されていた。だからその言葉を前提に私の話を聞き、あっさりと引っかかったの。


「ファビアン、女王陛下にこう伝えてちょうだい。娘にちょっかい出す暇があるなら、街の整備計画に印章を押してください、ってね」


 話はここで終わりよ。彼の返答は必要ない。ひらりと手を振り、出ていくように伝えた。


 一礼して無言で出ていくマイヤーハイム伯爵ファビアンは、青ざめていたが満足げだった。


「テオドール、お茶を」


「ご用意しております」


 さっと差し出されたお茶に、習慣になった匙を差し込む。ぐしゃりと崩れるように背もたれに全体重を預けた。


「疲れたわ」


 全部、女王陛下であるお母様の仕込みね。お父様は口出し出来なかったんじゃないかしら。意地が悪い手ばかり。


 昇降魔法陣や鎧集団は手始めだから、クリアできて当然だった。そこに麻薬事件を起こしたのは、私の対応能力を判断したかったから。侍女や侍従は馴染んだ顔ぶれだったけれど、慣れて怠惰さが滲んでいた。だから私の手で切り捨てさせたのよ。


 一年ほど、出かけてばかり。主人のいないフロアの緩みを、女王陛下は見抜いた。従順な操り人形も、そろそろ糸を鬱陶しいと感じ始めるわよ?

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