200.間違いなくお母様の娘よ

 お母様にお会いしたいと伝えたら、お茶の時間にいらっしゃいと返答があった。ということは、お父様もご一緒ね。


「昼食は軽めにして。午後の書類で後回しに出来るものは?」


「こちらだけ本日中の決裁をお願いします」


 テオドールに差し出された書類を確認し、資料をいくつか指示する。文官達が資料を用意する間に、昼食を終えた。すぐに書類に取り掛かる。用意された資料を参考に、少しだけ手直しして許可を出した。


 時間に余裕を持って着替える。お母様に会うというより、女王陛下に謁見する感覚の方が近い。ドレスに近いロングワンピースを選んだ。マキシ丈で、足首がきっちり隠れる。さらにヒールの靴を選び、髪を結い直した。


 もちろんヘアメイクは、テオドールの仕事よ。留守番のリュシアンは部屋で読書を続ける。連れて行ける味方は、テオドールのみ。さて、何と言うかしら。


 私をいろいろ試すお母様の癖は、しっかり継承されている。愚か者が動き出せば、その先を予想しながらも微笑ましく見守ってしまうし。当然逃げ道はきっちり塞ぐ。その上ですり抜ける技術を持つ者を見つければ、嬉しくなって連れ帰った。


 間違いなくお母様の娘よ。悪い意味でも、いい意味でもね。


「リュシアン、誰か来ても断りなさい。結界を張ってもいいわ。私以外は誰も入れてはダメよ」


「誰も? じゃあ、最初から結界張っとく」


 頷いて部屋を出た。特に重要な書類や、見られたらマズイものはない。ただ、仕掛けられる可能性はあった。女王であるお母様が、影に徹してきたマイヤーハイム伯爵を動かしたなら、貴族派に危険な兆候があったのね。


 昇降魔法陣を使い、上階にあるテラスへ向かう。指定された庭は天空庭園と呼ばれる。王宮の中でも、女王陛下の許可がないと入れない区域にあった。たとえ娘であっても、許可が必要な場所なの。


 秘密の話をするには打ってつけね。案内する侍従に続いて、ガラス扉を抜けた。目の前に広がるのは、低い視点の花々と広がる空の青。山の中腹にある庭は、その視界を遮る物がなかった。高い木々は植えず、ただ広がる視界を楽しむ贅沢。


 花々の高さは、膝程度に押さえられている。大輪の花はなく、野原のような小花ばかりだった。野草も多い。招いた人に自慢するための庭ではなく、ただ寛ぐための場所よ。


「お待たせしましたか? お母様、お父様」


「いいえ、先に景色を楽しんでいたのよ」


 お母様と呼ぶのは、私の要望が「お母様とお茶をしたい」だったから。娘に許可を出したのなら、女王陛下と呼称するのは逆に失礼だわ。お父様は涙ぐんでいた。


「無事で良かった」


「お父様、いろいろ溢れてますわ」


 あの宰相バルシュミューデ侯爵の息子とは思えない。純粋無垢に見えるお父様だけど、これでいて腹芸も上手なのよ。ギャップ萌えで、お母様に選ばれたのかしら。


 差し出したハンカチで目元を押さえるお父様をよそに、差し出された紅茶に目を細める。ローズヒップティー? 真っ赤な紅茶は、鮮やかな水色すいしょくで私を誘った。

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