69.やっぱり来たわね?
アリッサム王国は絢爛豪華を絵に描いたような王城で、庭も薔薇を中心に華やかに仕上げられていた。リュシアン達ハイエルフの神殿は、ローズマリーが全開だったわね。季節の花を重視した自然庭園が主流のアルストロメリア聖国。
どちらとも違う、緑を中心にした庭園は華やかさに欠ける。しかし落ち着く空間だった。斑入りの葉や赤い蔦を上手に配置して、ミモザ国はグリーンガーデンを作り上げた。
「素敵なお庭ですわ。落ち着きます」
「ありがとうございます」
微笑むエレオノールは穏やかで、とても悪役王女として小説に名を記す女性には見えない。王族としての礼儀作法も完璧だし、柔らかく口元を上げて笑みを浮かべた表情は考えを隠すのに最適。
丸いテーブルを用意したのは、格の違いを明確にしないためね。第一王女という地位だけなら、私とエレオノールは同格だわ。ただし、王太女となれば別よ。私の方が格上になる。カールお兄様が同格になり、エルフリーデは同席に許可が必要だった。
ただ、これは国同士の力関係を考えなかった場合の話よ。シュトルンツとミモザ、圧倒的強者である我が国の侯爵令嬢であるエルフリーデは、エレオノールと同格扱いでもおかしくないもの。
扇を開かず指先で摘んだだけの私に、エルフリーデは水色のドレス姿で寄り添う。その反対隣を兄が陣取り、正面にエレオノール王女と弟のジェラルド王太子が並んだ。
しっかり紺に金房の礼服を着込んだカールお兄様は、胸元に水色のスカーフを差し込む。私は柔らかなラベンダー色のドレスを選んだ。午後に庭園でのお茶会となれば、パステルカラーが基本だもの。
「失礼致します」
侍女の用意したお茶を、斜め後ろに立つテオドールが銀匙で掬う。変色がないかチェックし、さらに口へ含んで確認した。
「ありがとう」
暗殺者教育に入っていた毒の知識をフル活用する執事に微笑み、私は毒見の終わったお茶に口をつけた。カールお兄様やエルフリーデも、袖や隠しポケットから取り出した銀匙で紅茶をくるりと回す。
驚いたようなミモザ国の王族をよそに、私達はマナー通りに紅茶を口に含んだ。これがテオドールの淹れたお茶であっても同じ。他国では食器や水に手を加えられることもあるため、同様の確認は必須だった。
「シュトルンツ国は、その……随分と」
「物騒、でしょうか。ふふっ、ジェラルド王太子殿下は平和でいらっしゃるのね。羨ましいわ」
遠回しに王族なのに身を守らないのかと匂わせると、エレオノールが微笑んで間に入った。
「ジェラルドの毒見は私が行っておりますの」
婚約者であり姉であるエレオノールの発言に、ジェラルドは慌てて口を閉じた。腹違いなのは知っているけれど、外見はまったく違う。性格も正反対みたいね。
政治的な駆け引きもこなす姉に比べ、弟は顔に感情が出過ぎるわ。王太子の教育はどうなってるのかしら。誰かが甘やかしたとしたら……考えるまでもなくエレオノールだわ。今も私の語尾に重ねたくらいだもの。
燃え上がる赤毛に、黄緑に近いペリドットの瞳。ピンクの可愛らしいウサ耳を持つ、少女のようなエレオノールは甘い外見と裏腹にキツい性格の気が強い子だった。
弟ジェラルドは灰色狼の特徴である先端が黒いケモ耳を持ち、くすんだ灰色の髪と緑の瞳。平凡な外見に、大人しく流されやすい性格が滲んでいる。これは……エレオノールがいないと操られちゃうわね。
不安になる程、対照的な姉弟を見つめる私は、次に聞こえた声に扇を広げた。やっぱり来たわね?
「皆さん、酷い。私も混ぜてください。誘いもないなんて」
くねくねと芯のない走り方をする黒髪の女性が一人、こちらに駆けてくる。侍女や侍従が止めようとするも、彼女は一気に距離を詰めた。
「この人、誰?」
私を遠慮なく指差した無礼に、この場の全員が顔色を失った。
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