68.敵地の情報収集は最短で
「お出迎えに感謝申し上げます」
馬車を降りて、目の前に立つウサギ耳の愛らしい女性に挨拶をする。馬車から降りる際のエスコートは、執事テオドールだった。まだ私に婚約者はいないから当然ね。少しだけ不満だけど。
「ようこそお越しくださいました。シュトルンツ国ローゼンミュラー王太女殿下、並びにローゼンベルガー王子殿下。ミモザ国第一王女エレオノール・ラングロワにございます」
「これは丁寧に痛み入る」
馬から降りたお兄様は、エルフリーデの手を取った。いろいろ言いたいことはあるけれど、後にいたしましょう。他国の王族の前で喧嘩する内容ではございませんもの。
扇を広げて口元を覆った私の目は、鋭く兄を睨む。驚いた顔をした後、視線を彷徨わせて「しまった」と態度で示すカールお兄様。溜め息を扇の内側に隠した。
私の護衛でもあるエルフリーデは、他国で女騎士とバレないようドレス姿だった。エスコートはいいのよ? でもね、ここはまず私に手を差し伸べるべきだったわ。そうしたら「エルフリーデをお願い」と微笑んで、テオドールの手を取る場面なの。
お母様に言い付けるわよ。そんな睨みに焦るお兄様を置いて、私は数歩前に足を進める。
「エレオノール王女殿下、この後お茶をご一緒にいかがかしら」
早朝に出発して一泊し、ミモザ国の王城に到着したのはお昼過ぎ。ちょうどいい時間だわ。嬉しそうに微笑んで頷く王女は、頭ひとつほど小さかった。小柄なのはウサギ獣人のせいかしら。出迎えに来た貴族と比べても明らかに小柄だった。可愛いわね。
年齢は物語の通りなら18歳前後、見た目は15歳でも通りそう。真っ赤な髪に緑の瞳、ウサギの特徴である尻尾は見えないけど耳はピンク色だった。
ファンタジー過ぎるわ。だってピンクの毛皮よ? そんなのフェイクファーくらいしか見たことないもの。ぴこぴこ動く柔らかそうなピンク耳に、私の視線は釘付けだった。
触りたい。下心見え見えの誘いに、エレオノール王女は微笑んで頷いた。
「ではお部屋にご案内させていただきます。お寛ぎになってから、部屋付きの侍女にお声がけください」
先日の視察で同行した侍女のほとんどは王宮へ帰した。そのため随行した侍女の数は少ない。気遣ったのか、ミモザ国から侍女を付けると言われて、鷹揚に頷いた。
「ありがとう。では参りましょう」
テオドールに手を預けた私が先頭を切り、すぐ後ろをリュシアンが続く。この辺、いい度胸よね。エルフリーデをエスコートするカールお兄様、侍女や侍従が貴重品などの小ぶりな荷物を手に並んだ。
部屋は二階の南向き、やや東側に位置する。日当たりもよく、壁紙は全体に小花を散らしたピンク系だった。私の好みとは違うけれど、愛らしい感じがエレオノール王女を思わせる。
客間の中でも格が高い部屋らしく、絵画や花瓶は一級品だった。
「あら、この花瓶は素敵ね」
「お気に召したなら、同じ物をご用意します」
「要らないわ」
同じような、じゃなくて同じ物? どこから調達するつもりかしら。偽物を作って交換、彼ならやりそうで怖いわ。首を横に振って否定した私は、侍女に着替えの指示を出した。
「テオドール、あちらで待っていて」
続き扉の控室へ追い払い、用意させたドレスに着替える。柔らかな緑のドレスから、華やかな青へ。お飾りもすべて変えて、準備を整えた。
もうここは敵地、情報収集は早い方がいい。油断大敵、気を引き締めて向かわないとね。
「これでいいわ。エレオノール王女殿下にお茶のお誘いをして」
予言の巫女や弟君の状況を、しっかり聞き出さなくちゃね。お気に入りの扇をぱちんと鳴らして、私は濃いめの紅を唇に塗り直した。
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