70.本音と建前、ですわ
「エレオノール王女殿下?」
言い訳と紹介を求める私に、エレオノールは唇を噛み締めた。王女としての誇りね。それでも謝罪を先に行った。
「ご無礼をお許しください。我が国に現れた予言の巫女ですが、異世界から召喚されたばかりで礼儀を知らず……誠に申し訳ございません」
格上の大国の王太女を指差す行為は、敵対行為に等しい。慌ててその指を掴んで下へ向けさせた。その上で丁寧にお詫びを連ねる。しかし当事者はあっけらかんとしていた。
「え? どこかの偉い人なの? 私とそう変わらないじゃん」
「っ!」
動こうとしたテオドールを、ぱちんと扇を鳴らすことで止める。カールお兄様は驚きすぎて固まり、エルフリーデはドレスの下に隠した剣に手を伸ばしかけていた。ここにリュシアンがいたら、精霊が大暴走したでしょうね。部屋に置いてきて正解だったわ。
疲れたからと理由をつけて部屋に篭ったリュシアンは、種苗の組み合わせ研究に夢中よ。私が彼の知らないハーブの掛け合わせを教えたせいね。予言の巫女に目を付けられないよう置いてきたの。美少年って、危険なんですもの。
「ちょっ、指痛い!」
「姉上、そのように強く掴んでは……」
状況を理解してないのかしら? 私が「その無礼者を処分しなさい」と命じたら、うちの優秀な護衛が動くわ。それ以前に国際問題に発展する一大事なのだけど。王太子は使えないと頭の中で大きなバツ印をつけた。
「公式の場ではありませんから、エレオノール王女殿下の顔を立てましょう」
言外に二度目はないと告げる。深く一礼して、エレオノールは騎士を呼び寄せた。予言の巫女を部屋に閉じ込めるよう命じ、隣でそわそわする弟の姿に唇を噛む。これは嫉妬に狂った女の顔だけど……今は冷静に話が出来そうにないわ。
断罪前に手を打ちたかったけど、無理みたい。ちらりと目配せし、執事テオドールが椅子を引いた。この場で一番地位の高い私が立ち上がったことで、お茶会の終了が決まる。
「少し疲れましたわ。部屋に戻らせていただきます。エレオノール王女殿下、夜会でお会いしましょう」
予定されている夜会は2日後の夜、それまで会わないと伝えた。息を飲んだ彼女は、ピンクのウサ耳をぺたりと垂らし、可哀想なくらい項垂れる。接待に失敗したと思ったのかしら。本当はその耳に触れたいし、出来たら尻尾もモフりたいの。でも準備があるからごめんなさいね。
テオドールのエスコートで歩く私の後ろを、カールお兄様がエルフリーデの手を取って続く。通り過ぎる直前、エルフリーデが小声で囁いた。
「本音と建前、ですわ」
目を見開いたエレオノール王女が、静かに頭を下げた。世の中、ややこしいのよね。私は大国の王太女として無礼を許さない。でもあなたを嫌いではないから、個人的に遊びに来るのは歓迎よ。そう伝えることの難しさを、エルフリーデが補ってくれた。
明後日の夜まで、楽しませていただきましょう。予言の巫女とやらがどう動くのか、王子ジェラルドがどこまで踊るかも含めて。娯楽の多い国で良かったわ。
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