347.お清めはお塩に限りますわ
拍子抜けするほどあっさり……解決してしまった。テオドールが魔王ユーグ陛下とお話しして戻るより早く、エレオノールが古文書を読み解くより先に。興味をそそられたリュシアンが魔法を使う前に。
エルフリーデが思わぬ暴挙に出た。
「やっぱりお清めはお塩に限ります」
にっこり言い切る美女は、柔らかな茶髪をかき上げ、額の汗を袖で拭った。騎士服だからいいけれど、ドレスでそれをしてはダメよ。的外れな注意が口をついたのは、それだけ動揺した証拠ね。
「エルフリーデが脳筋になってしまったわ」
クリスティーネも溜め息をついて眉尻を下げる。これは日本からの転生者しか理解できない、共通認識だった。お清めは塩――葬式から戻ったら塩を撒き、お正月には入り口に塩を盛る。特に意識することなく、当たり前に行なってきた行為だった。
ただ、この世界では一般的ではない。現代っ子の作者達が、中世ヨーロッパ風のファンタジーを描く中で、お祓いに塩を使うシーンは描かれない。つまり、そういうことよ。作者の知識にあっても、世界観に似合わぬものは排除された。
そのくせ、呪いはヨーロッパにもありそうと残ってしまい、今回の事態に発展したと思われる。これがエルフリーデの見解だった。
「なぜ塩を撒こうと思ったの?」
「実家が神社なんです。お塩とお米、お酒は清めの必須アイテムですよね」
「え、ええ」
質問に思わぬ返しがあり、クリスティーネと顔を見合わせる。実家が神社は初めて聞いたわ。てっきり普通のサラリーマン家庭だと思っていたのよ。いえ、重要なのはそこじゃない。
「塩だけで清めたのかしら」
クリスティーネが首を傾げると、エルフリーデはいいえと首を横に振った。
「お酒は白ワインで代用しました。材料が米か葡萄かの違いだけですし。ただお米がなくて……見た目が似ているので大麦を借りましたわ」
確かに、北の塔の入り口には麦の袋が無造作に置かれていた。すでに呪いが解けたお兄様は、自力で塔を降りている。びしょ濡れの美形マッチョは、麦の粒をそこかしこに貼り付けた姿を晒した。王子には見えないわ。
「カールハインツ様に下へ降りるようお願いしたら、呪われてるからダメだと仰って。仕方ないので、私が上に運んだんですよ? 重いのに」
呪いが解けて気が楽になったのか、エルフリーデはのんびりした口調で話した。担いだ麦の袋はお兄様が持って降り、ワイン瓶と塩の袋を両手に持つエルフリーデは、まだ手離そうとしない。
「エルフリーデ、その……ワインと塩は置いたらどうかしらね」
「失礼しました。そうさせていただきます」
エルフリーデって、こんな子だった? そんな私の目配せに、顔を引き攣らせたクリスティーネがゆっくり横に振る。そうよね、私の記憶ではもう少し理知的だったんだけど。
すっかり脳筋に毒されてるわ。夫婦って似てくるらしいけど、婚約者の状態でも起きる現象なの? え、もしかして私も?! テオドールに毒されて変態に……。
ショックで気が遠くなりそう。ふらりと倒れかけた私を、エルフリーデが支えた。手を差し伸べたものの、酒臭いので諦めたカールお兄様が拳を握る。悔しそうなお顔ですけれど、正解だわ。
「ブリュンヒルト様、妊婦なのに無理をなさってはいけませんわ。お部屋に戻りましょう」
素直に頷いて、悪夢のような一日を振り返る。でも一日で呪いが解けて良かったわ。ほとんど影響を受けていないみたいだし……あ、お母様に報告もあげなくては。あれこれ考えながら、私は私室に戻るなりベッドに横になった。
ちょっと頭を整理するだけ。そう言い訳しながら、目を閉じた。
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