348.塩と白ワインの解呪は記録しましょう

 目が覚めて最初にテオドールを探す。これは習慣よ。不在に眉を寄せた私は、大きく溜め息を吐いた。


「もう解決しているのに、いつまで油を売ってるのかしらね」


 思わず悪態が口をついたのは、気を失うように眠る前の記憶が鮮明だから。前世の実家が神社だったエルフリーデが、ある意味力技で呪いを退治してしまった。こんな非常識なのに、元日本人の私は「ああ、なるほど……塩ね」と納得したのよ。


 今後また呪いが子孫に降りかかった時のために、公文書に塩と白ワインは記載させましょう。御神酒に白ワインはないと思うけれど、日本酒を作らせる予定もないわ。塩単独より効果が高い可能性もあるので、セットで記すことを決めた。と同時に、大麦は絶対に効果がなかったと確信できるので、外す方がいいわ。


 ベッドの上でもう一度溜め息を吐き、身を起こした私を優しく大きな手が支える。当然の如く力を借り、掛けてもらった上着に袖を通し……え?


「テオ?」


「はい、少し遅れてしまいました」


 遅刻したと詫びるのだから、起きた瞬間はいなかったのよね。途中で影から報告が入り、すぐに取って返したとしても速いわね。何をしたの? 疑いの眼差しを向ければ、彼は素直に白状した。


「森を抜けましたので」


 ……逆に後追いの報告がよく間に合ったわ。森を抜けるテオドールは、下手な馬より速い。それは以前、襲撃された時から知っていた。


「ローゼンベルガー王子殿下の呪いが解けたこと、お祝い申し上げます」


「ありがとう。お兄様にも言ってあげて……あ、お母様へ報告を」


「すでにエレオノール様より、報告がなされております。その上で、王子殿下を交えて朝食を一緒に、とお誘いがありました」


 さっとドレスが差し出される。腹部を圧迫しないエンパイア風で、胸の下からすとんと落ちるデザインだった。さらに肩や首を冷やさないよう、薄い羽織物も用意されている。色は爽やかな薄グリーンだった。


「それでいいわ。お願いね」


 どうせ侍女を呼んでも邪魔をされる。私の着替えはもちろん、将来の介護まで担う気でいるんですもの。無駄なやり取りに時間を使いたくないので、素直に着替えを任せた。


 顔を洗い、ふかふかのタオルで拭く。下着を替えてドレスを纏った。裾がくるぶし丈なのは、正式なお呼び出しではないからね。執事服のテオドールが慣れた手つきで、私の化粧を始めた。


 準備が終わると、今度は彼自身が己の姿を確認する。どうやら彼も一緒みたい。


「テオ、もしかしてお兄様だけじゃなくエルフリーデも一緒なの?」


「はい、クリスティーネ様やリュシアン様、エレオノール様までご一緒です」


 これは、ただのお祝いの席じゃなさそう。バッハシュタイン公爵が無理難題でも出したかしら? それとも、譲位に関するお話? 


 じっと鏡の中の自分を見つめて考えたものの、肩の力をふっと抜いた。側近達が勢揃いする場で、何を怖がることがあるのよ。女王陛下が相手でも、怯むことはない。私の最強の側近が揃っているのだから。


「行きましょう、テオドール」


「はい、我が君」


 テオドールが夫ではなく配下として従う。これが答えね。お母様は重要なお話をなさるはず。事前情報のない不利なテーブルであっても、切り抜けてこそ玉座の主人よ。私はテオドールの手を借り、一歩を踏み出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る