56.臣下に何かを願うことは許されないの
「お久しゅうございます、ローゼンミュラー王太女殿下」
身支度を簡単に整えてテントを出た私は、迎えに来た騎士達に微笑んだ。先頭に立つのは、すでに引退したはずの元東方騎士団長アーレント卿だった。白髪混じりの焦茶の髪は後ろへ流し、視界を遮る前髪を嫌う。子どもの頃の記憶と重なる彼の姿に、自然と声が柔らかくなった。
「お迎え、ありがとう。騎士の皆も楽にして」
アーレント卿は、男爵位を持っている。だが男爵を名乗らず、騎士に与えられる卿の称号を好んだ。生涯現役を貫くであろうと誰もが思ったが、彼はある日突然引退を表明して領地に戻る。それ以降、6年近く顔を見ていなかった。
「アーレント卿、助かりました。ケガ人もおりますの。馬車の手配をしてもらえますか?」
「ローゼンミュラー王太女殿下、お言葉を返す形になり申し訳ございません。馬車はご覧の通りこの道を通れませぬ。故に、担架にてお運びします」
「苦労をかけますね」
「いえ、これが臣下の務めにございます」
やり取りが一段落すると、騎士が馬車の片づけに入った。馬車そのものは壊れているので、ある程度壊して廃棄となる。積んだ荷物は二つに分けられた。いくらでも替えが利くので捨てる荷物と、絶対に持ち帰る荷物だ。侍女が乗る馬車に高価な品は少なく、衣類やタオルなどは廃棄となった。
香水や化粧道具は嵩張らないため、騎士の馬が運ぶ。食料品を置いていくと野生動物を街に招き寄せるので、これらは消費して残りは焼却処分とした。次々と手際良く片付くのは、力仕事や野営の処理に慣れた騎士のおかげだ。
「テオドール」
「はい、お嬢様」
会話はここで止まる。目配せして、私は違和感を伝えた。口元に笑みを浮かべたまま、テオドールの手は袖に掛かっている。いつでも応戦できると示し、私に頷いた。
「準備が出来次第、街に移動しましょう。皆には苦労をかけます」
前世なら「苦労をかけてすみません」だったり「よろしくお願いします」を付け足すだろう。しかし王太女は「臣下に願って」はならない。臣下に対しては命じるのみ。故に穏やかな表現として、苦労をかけるまでが許された。
事実上の命令を、微笑みを浮かべて騎士に告げる。彼らは胸に手を当て、一礼した。
「ローゼンミュラー王太女殿下、こちらの生首はいかがしますか」
「テオドール」
私の口から残酷な指示は出来ない。穢れなき王族でいなければならないから。代わりに意を汲んだ側近が口にする習わしだった。
「3つは証人として使いますので、掘り起こします。残る5つの首は、首謀者に送りつける予定なので持ち帰ります」
え? そんな風に解釈したの? 驚く私をよそに、騎士は侍女達から隠しながら生首を空き箱に収めた。ちょうど捨てる衣服が入っていた箱が使えるけど。
生きて埋められた方々は、反論どころか呼吸するのがやっとの状態だった。胸の辺りまで埋められていた彼らは、呼吸が圧迫され窒息寸前。掘り起こされても抵抗したり逃げる様子はなかった。
「繋いで持ち帰ってください。間違っても殺さないように」
テオドールの言葉が怖い。というか、私の意志を伝えた形になってるのに、そんな物騒な話やめてよ。私が残酷な悪女みたいじゃない!
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