57. 先手を打つか、後手を選ぶか

「せめて、連れ帰ると表現するべきよ」


「人として認識しておりませんので、罪人は持ち帰るで問題ないと考えます」


 騎士が譲ってくれた馬に横乗りし、後ろから執事テオドールに支えてもらう。自分で乗馬できるが、道が悪い。気の荒い軍馬という事情もあり、安全を優先した形だった。荒れた道を歩く馬は、ゆっくりと進む。この馬の持ち主は、現在後ろを歩いていた。


 馬を取り上げたのではなく、彼はエルフリーデを担ぐ担架の後方を担当している。アーレント卿が騎士数名と先頭に立ち、私の乗る馬が続いた。エルフリーデの担架、侍女を乗せた騎士達が後ろを守る。中央に重要人物とケガ人を挟んだ形は、守りに適していた。まあ、侍女達が単独で馬に乗れないのも、理由のひとつだけれど。


 ちらりと後ろを窺えば、逞しい騎士の腕に抱えられ、頬を染める侍女が数名見られた。王族の侍女や侍従は、伯爵、子爵、男爵の嫡子以外が選ばれる。職としては格が高いので、一代限りで「卿」を賜る騎士との結婚は理想的ね。


 襲われた状況が良かったとは思えないけど、婚活になったみたい。テオドールは機嫌がよく、鼻歌を歌い出しそう。満面の笑顔で私を気遣った。


「お嬢様、疲れていませんか?」


「いいえ。交代時の休憩で十分よ」


 エルフリーデの担架を持つ騎士は前後二人、脇を守る騎士が一人。彼らの馬は予備として、殿しんがりの騎士が手綱を預かった。担架を持ちながら、荒れた道を歩くのは体力自慢の騎士であっても疲れる。一定の時間で交代しながら進むので、休憩の回数は多かった。


 休憩が多いのは仕方ないけど、あまり遅くなると日暮れまでに森を出られないわ。やや傾きかけた木漏れ日を見上げながら、私は時間を考えていた。医師の資格を持つテオドールの治療を受けたとはいえ、エルフリーデをきちんとした環境で休ませてあげたい。


 担架の上は揺れるから、意外と体力が奪われるのよ。ただ寝ているだけじゃない。それに懸念は彼女のことだけではなかった。


「ねえ、テオドール」


 姿勢を正す振りで彼に寄り掛かる。嬉しそうに腰に回した手で引き寄せるから、手の甲を抓った。やだ、嬉しそうな顔をしないで。手のひらの傷を隠すための絹の手袋は滑る。あまり痛くなかったのね。


「そろそろかしら」


「もう少し暗くなってからでしょうね」


 赤くなった手の甲を確認もせず、テオドールはさらりと期限を指定した。暗くなってから……ね。確かに暗い方が敵味方の区別がつかなくて、彼に都合がいいわね。


「この先に開けた草原があります。そこが最適でしょう」


 どちらにとっても。そんな表現に私は覚悟を決めた。違和感を覚えたのは事実で、彼の言動で確信を持った。気付いた危険を放置するには、私達が不利な状況よ。


 先手を打つか、後手を選ぶか。悩むまでもなく答えは出ていた。面倒よね、確信があっても証拠は別途必要なのだもの。仕方ないわ、これも国の法に従う王族の務め。


「守りを優先します。いいですね?」


 確認を求める私に、執事はあっさりと同意した。森の木々が途絶え、グラウンド程の草原に出る。緊張を表に出さず、休憩を許可した。


 ここは草原の中央、さあ……どちらから攻めてくるのかしら?

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