58.こんなに早く馬脚を露わすなんて

「襲撃です!!」


 叫んだ騎士の声に、担架を中心に集まる。これは出発時に決めたルールだった。守られる存在が散り散りになれば、騎士も分散してしまう。貴重な戦力を一ヶ所にまとめ、襲撃に対応する構えだった。


 この辺は将軍だった大叔父様の受け売りだけど。テオドールが反対しないなら、作戦としては成功ね。侍女達は護身用の短剣を逆手に持つ。辱められる前に自害するのではなく、王族を守って死ぬ覚悟を示す構えだった。


 エルフリーデが身を起こそうとするのを、私は簡単に遮る。これが万全な状態の彼女なら、寝起きであっても無理だわ。スリットへ伸ばしたエルフリーデの指先を絡めて握った。


「動いてはダメ、これは作戦通りなの。心配しないで」


 侍女に聞こえぬよう、耳元でこっそり囁く。驚いたように緑の瞳を見開いた彼女は、再び身を横たえた。それでいいわ。


「アーレント卿は勇士ですもの、先頭で敵と切り結ぶことを選ぶでしょう。他の騎士は守りを固めなさい」


 王族としての威厳を滲ませて命じる。これでいいわ。盾と剣の使い分けは、私にも出来る。


「王太女を捕らえろ!」


 敵に向かって叫んだのは、アーレント卿だった。思わず溜め息を吐く。


「やだ、こんなに早く馬脚を露わすなんて。テオドール、処分を許可します」


「畏まりまして」


 膝を突いた執事が袖から暗器を取り出す。細いアイスピックのような武器は、突いて攻撃するように見える。だがレイピアほどの長さはなかった。剣を構えたアーレント卿と戦うのは不利、そう見えるでしょうね。


 アーレント卿が嘲笑う。


「小娘が気づいておったのか。そのような細い武器で、私に敵うとでも!? 大人しく投降をお勧めしますぞ」


 小娘と呼ばれても挑発にもならないわ。だって若いと褒められた、そう置き換えるもの。王族ってのはね、面の皮が厚くないと務まらないの。


 我がシュトルンツ国において、軍の引退はそのまま前線を退くことを意味する。なのに鍛えた体で、武器を持って捜索に加わった。この時点で違和感を覚えたわ。通常は参加を拒否されるもの。東方騎士団だからこそ、かつての部下に同行を許可させた。打つ手が単純なのよ。


「ふふっ、悪いわね。私は大叔父様も含め、テオドールより強い男を知らないの」


 だから信じてるわ。彼があなたを処分するのを疑ったりしない――断言した私の言葉が終わらぬうちに、怒り狂ったアーレント卿が突撃した。


 祖国を裏切る騎士でも、妙な自尊心は高いのね。将軍職にあった大叔父はその強さを戦で発揮した人だ。騎士達の憧れの存在でもあった。その人より、専属執事の方が強いと挑発されて、誇り高い騎士団長が黙っているはずないのよ。


 先に攻撃を仕掛けた、その証拠は騎士や侍女が証言する。もちろん、眉尻を持ち上げて「裏切り者? あり得ない」と怒るエルフリーデも含めて。証人は揃ったわ。


 激しい戦闘が起きるはずはない。誰もがそう思った。執事対元騎士団長よ? 実力を知っているからこそ、騎士達に緊張が窺えた。引退しても鍛え続けていたのだろう肉体は、鋼のごとき強さを誇るに違いない。


「間違ってないけど、上には上がいるのよね」


 高みの見物と洒落込みたいけど、周囲も戦場だった。騎士達は執事テオドールの加勢に向かう余裕はない。襲ってきた賊に対し、円陣を組んで守りに徹した。こうなると騎士は強い。攻め込むのは兵士の役割、守るのが騎士だもの。


 要人警護や都の守りを固めるのが彼らの仕事だから、今の状況はまさに本業そのものだった。混戦状態に見えても、円陣は崩れていない。侍女達の輪も機能していた。中央に立つ私は、テオドールの苦戦とも取れる戦いに肩を竦めた。


「遊ばないで、さっさと処分しなさい。ご褒美をあげないわよ」

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