55.近づく蹄が敵でも味方でも
手の傷はすぐに見つかった。悲鳴でもあげるかと思えば、テオドールは無言で傷の手当てを始める。あまりに静かなので、私の方が沈黙に耐えられなくなったわ。
「何か言って」
責める言葉でも、敵を罵る言葉でもいい。無言は嫌な感じだわ。溜め息をついた私に、手当てした手のひらを包んだテオドールは泣きそうな顔をした。包帯でぐるぐる巻きね。
「私の到着が遅れたことで、お嬢様に無用なおケガを負わせてしまいました。厳しい罰をお与えください」
「後で考えるわ」
なんで嬉しそうな顔をするのよ! もう!!
切り落とされた生首は侍女が悲鳴をあげるので、しっかりと布が被せられた。ひとつずつ梱包されたけど、侍女達は遠回りしている。
幽霊を怖がる前世の友人を思い出して、笑ってしまった。こういうの、怖い人はどうしてもダメなのよね。私は逆に平気な方だったわ。夏のホラー特番とか楽しみにして、録画までしてたくらい。
発熱は体力を奪う。エルフリーデは早めに就寝させた。もちろんテントの中よ。侍女達はテントの入り口付近で肩を寄せ合って眠るという。私はテントの奥でエルフリーデの隣に横たわった。
王太女である私が遠慮しても誰も聞いてくれないし、危険が迫れば人質になるのも私の役目だから遠慮はしない。休める時に休ませてもらうわ。ぴたりと張り付いたエルフリーデの肌は温かく、いつもより熱かった。
生きててくれて良かった。唇だけで呟いて、私は目を閉じる。眠れないかも知れないと懸念したのが嘘のよう。どっぷりと眠りの腕に落ちていった。
少しして、騒がしい足音が聞こえる。テントの下は柔らかな芝があり、敷布の上に服を積んで寝た。それでも地面は近くて、馬の蹄の音が大きく響く。あふっと溢れた欠伸を手で隠して、ゆっくり身を起こした。
これが敵なら逃げるのは間に合わない。もし味方なら安心できるわ。どう転んでも足掻くのはみっともないだけ。エルフリーデの顔色はかなり改善されていた。痛みもさほど感じないのか、すやすやと穏やかな寝息を立てる。
敵なら侍女とエルフリーデは置いて、私とテオドールが捕まる形が最適ね。逃げるのは身軽な方がいいわ。
「王太女殿下、奥へお下がりください」
侍女達が護身用の短剣を手に、テントの入り口を守る。覚悟は立派だけど、このテントは簡易なのよ。後ろの布を切り裂かれたら、一瞬で侵入されるわ。まあ、通常は表から入ると思うわよね。
眠るエルフリーデを守るため、彼女を抱き起こす。私が寝床にした服を防波堤のように使い、周囲を服に守られた形で姿勢を低くした。何かが飛び込んだとしても、一回目はやり過ごせるかしら。
「お嬢様、ご安心ください。シュトルンツの騎士達です」
テオドールの声に、ほっとした。緊張した肩から力が抜け、ずるりと倒れそうになったエルフリーデを慌てて抱き止める。ゆっくり横たえた。侍女達も短剣を下ろす。安心して泣き出す侍女もいて、私の方が泣きたいわと苦笑いする。
さすがに自国の騎士が到着して、感激のあまり泣き出す王太女はどうかと思うけど。気持ちは近いものがあった。敵でなくて良かった。
「王太女殿下はご無事ですか!?」
「執事殿、ローゼンミュラー王太女殿下にケガはないか」
聞き覚えのある声に首を傾げる。この声、かつて東方騎士団を纏めた隊長よね? この辺りの地理に詳しいから捜索に加わったのかしら。
「失礼致します」
テオドールの声がして、彼がテントをぐるりと見回す。私と目が合ったので、少し首を傾げた。これだけで伝わるのは、本当に楽だわ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます