54.手加減する理由はございません

 所々によくわからない土の丘があるけれど、これは指摘したらダメよ。下に何が埋まってるかなんて、聞くまでもなかった。完全に埋まってない穴もあるのが恐怖を増大させるわ。


 捕虜を働かせたら人手は足りるけど、もちろん逃げられる心配の方が大きい。使えない男手って腹が立つわね。食料も少ないし、与えなくてもいいかと思うくらいよ。


「お嬢様、どうぞ」


 簡易テントの前で、焚火をして一夜を明かすことになった。思ったより騎士の到着が遅れているみたい。訓練が足りないと顔を顰める執事の隣で、私は受け取った器のスープに口を付けた。肉が入っているスープは、薬草のいい香りがする。


 体が温まるわ。生姜に似た木の根を掘って入れたんだけど、正解だった。本で学んだ知識なんて、半分も役に立てばいい方よ。こうして知識を活かせたことで、今夜は暖かく眠れそう。カトラリーは持っていないので、木の枝を削って作った。


 テオドールのサバイバル技術に感心するわ。森の中に身ひとつで放り出されても、彼は生き残るでしょうね。私は半日でダウンする自信があるけど。


「エルフリーデ、熱はどう?」


「ご心配ありがとうございます。もう楽になりました」


 傷のせいで発熱があり、辛そうだったエルフリーデも頬が赤い程度に落ち着いている。水を確保したテオドールを褒めてあげなくちゃ。スープを食べ終えると、器を水で濯いで侍女に回した。柔らかな木を削って作った器は、意外にも使い心地がいい。


 硬い木じゃないから仕上げが適当でも手に棘が刺さらなかった。何より、作る労力が少ない。僅か数ヵ月で一抱えもあるほど育つ木で、栽培も容易だった。使い捨て容器にどうかしら。軽くてふわふわした素材は、発泡スチロールに似てるわよね。こんな木が領土内にあるなんて知らなかった。


「やっぱり、外へ出ないと分からないことってたくさんあるわ」


「おやめください。私共の命が縮みます」


 言いたいことは分かるので、文句は飲み込んだ。この場で私達が無事なのは、テオドールのお陰だもの。簡易テントは休憩用に使う物で、本来は野営に向いていない。それでも仕切りがあるだけで安心するのが人だった。


 木々の間にロープを張って固定したテントの周りに、テオドールがいくつも松明を立てた。これで獣避けが可能らしい。この辺の魔物も火を嫌うと聞いて、やはりゲームや小説の世界を踏襲してるのねと納得した。


 狩りに出たテオドールが確認した限りで、この辺りは国境に近いシュトルンツ国内であると判明した。まだ他国に侵入する前でよかったわ。これで不法入国扱いになったりしたら、国単位で騒ぎが大きくなってしまう。もちろん、このまま引き下がる気は私にないわ。


 大切な友人の肌に傷をつけ、私を攫って何か企んだ実行犯は息の根を止めてあげる。でも主犯は死ぬより辛い目に遭わせてあげたい。少なくとも楽に死なせる選択肢はないわね。その意味で、こんもりした丘になってる実行犯は幸せよ。


「テオドール、手掛かりはひとつ残らず……」


「もちろんです。お嬢様をこのような目に遭わせた輩に、手加減する理由はございません」


 にこにこと笑顔で語る彼の背後に、生首が8つ。5つは死体だけど、3つは生きている。というか、首まですっぽり穴に埋められていた。どうやったのかしらね。

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