53.では尋ねるわ。手が足りるの?
「エルフリーデの傷をもう一度消毒して頂戴。それから彼女をゆったりした寝着に。テントを張って落ち着いたら、私も着替えます」
条件をきっちり言葉にして示す。無言になったテオドールだが、馬車の中の血臭や私のドレスについた量に目を細めた。それから恭しく一礼する。
「承知いたしました。お嬢様の仰る通りに従います」
ほっとした。これでいいわ。テオドールは人を殺す技術を叩きこまれたエリートよ。逆に言えば、彼の人体に関する知識水準はとても高いの。他国から大量に留学生を受け入れる医学校で主席を取るくらいに、ね。医師の資格を取得したのも、私の治療を男性医師に任せたくないからだった。
女性医師を派遣してくれたら十分なんだけど、それも嫌がる独占欲に呆れて「じゃあ、医者の資格を取りなさいよ」と言い放ったら、僅か半年でスキップして卒業証書を持ってきたわ。ちゃんと実践授業もこなしたと言うから、いつ寝ていたのかしら?
手早く応急処置をしたテオドールが言うには、薄く傷跡が残る可能性があるらしい。いきなりの襲撃だったけど、私の対処不足が原因だわ。本当に申し訳ないことをしてしまった。意識を取り戻したエルフリーデは、名誉の傷よと笑ったけど。
テオドールと数名の侍女が簡易テントを降ろし始める。ここへ連れ去られた時、男性の侍従や騎士は街道に置き去りにされた。そのため人手が足りず、元貴族令嬢の侍女達も手伝うことになる。もちろん、この場で動ける者……私も一緒よ。
「お嬢様は木陰でお待ちください」
「そうです。お手が傷ついてしまいます」
侍女やテオドールに止められたけれど、木陰で休ませるエルフリーデが元気なら同じことをするわ。そう告げたら、使用人と主君は違うと否定された。言いたいことは分かるの。私だって整えた爪が割れるのは嫌だし、緊張状態から解放されてゆっくりしたい。
「では尋ねるわ。手が足りるの?」
「足りさせます」
「頑張ります」
遠回しに足りないと白状してるじゃないの。溜め息が漏れた。
「もうひとつ尋ねるわね。災害に見舞われた被災地で、ドレスの裾をひらひらと翻し宝石をごてごて着けた無傷の王女が歩いていたら……殺意が芽生えない?」
「「……」」
本音の「はい」を言えず、嘘をついて「いいえ」と答えるわけにもいかない。答えに詰まった執事と侍女の前で腰に手を当て、私はにっこり笑った。
「ほら、手が止まってるわ。私を早く休ませたいなら、テント張りを急ぎましょう」
正直、屁理屈で押し切った自覚はあるわ。ここに侍従の一人でもついてきていたら、状況は全然違ったでしょうね。貴族令嬢の学ぶ教養に、緊急時の野営テント張りなんてないもの。私もさすがに習ってないわ。その意味で、知識を持つ男手のテオドールの合流は心強かった。
緊急用テントが積まれた侍女の馬車で誘拐されたのも、運が良かったわ。私やエルフリーデが乗っていた馬車は車輪が壊れて置いてきた。もしあちらで連れ去られていたら、治療用の包帯に使う下着やテントは載ってなかったもの。
代わりに向こうの馬車は宝石類やドレスがふんだんに詰め込まれている。我が国の街道上で、手足を縛られたとはいえ、騎士がいるなら強奪もないでしょう。なるべくして与えられた手持ちの札は、思ったより悪くない。
「テオドール、騎士や従者は?」
「間もなく駆け付けると思いますが、半日は覚悟してください」
道なき道を進んだ馬車の痕跡を追ったとして、すぐに追いつけるか分からないって意味に受け取れた。まさか、すでに他国の領土内ってことは……ないわよね?
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