52.本当にブレない男ね
赤く染まった氷がカーテンのようね。ステンドグラスが近いかしら。実際は真逆の存在だけど、このくらいの現実逃避は許して欲しい。外でガチャガチャ金属音がするし、時々呻き声も聞こえた。穴を掘る音とか、本当に怖いんだけど? 音を遮断する魔法が欲しいわ。
エルフリーデの傷は完全に止血されたみたい。精霊魔法の持ち主は傷の治りが早いのよ。精霊の加護と言われているけど、魔力量が関係していると思ってるの。だって、小説の魔王も傷の治りが異常に早かったから。彼は絶対に精霊の加護はないと思う。
そこで気づいた。この氷、外から割れるの? 精霊達がこの馬車を守るために凍り付かせたから、自然に溶けない氷の可能性もあるわ。急に心配になってきた。
「王太女殿下、冷えるのでこちらを」
馬車の椅子の下は収納になっている。人が快適に過ごすための空間を維持するため、馬車に載せる荷物はあちこちに分散させてあった。馬車の上もトランクが積み上げられ、座席の後ろも同様。座席の下だけ、専用のトランクがあるのよ。これは馬車にサイズを合わせて製造された箱だった。
ドレスは専用の箱に入れて頭上や後ろに積まれたから、座席の下にあるのは宝石類や下着、小物類が多い。帽子やショールもその中に含まれた。侍女が引っ張り出したショールを受け取り、礼を言ってエルフリーデに掛ける。ケガ人優先よ。
目を閉じた友人の頭を膝に乗せ、私はショールで彼女の肌を隠した。冷えるということは、この氷は溶ける可能性がある。冷静になって足元を見れば、水が染みて色が変わっていた。私も慌てすぎて混乱しているようね。こんなヒントを見逃して余計な心配するんだもの。
「エルフリーデ、あと少しよ」
柔らかな茶色の髪を撫でたとき、ノックの音が聞こえた。
「お嬢様、扉を開けてもよろしいですか」
ぐるりと馬車の中を見回し、侍女達と頷き合う。侍女の一人が、取り出した追加のショールを私の肩に掛けた。血塗れだから気を遣われたみたい。王侯貴族は血を穢れと嫌う傾向が強かった。私は前世の記憶があるせいか、嫌悪感は少ないけれど。
「お入りなさい」
いつもの癖で、部屋に招くときのような口調になってしまった。入れも何も氷漬けだったわ。どうするのか心配になる程度の間が空いて、キンと甲高い音が響く。耳障りな音ではなく、風鈴の音に近い心地よい音だった。
「大変お待たせいたしました、お嬢様」
真っ赤に染まった扉代わりの氷がすとんと落ちる。まさしく落下した感じね。綺麗な切り口で扉の形に開いた外は、森だった。
頭を下げて挨拶を終えたテオドールは、いつもの執事服。この姿に安堵してしまう。日常が戻ったような気がして微笑んだ私に、彼は悲鳴に近い声を上げた。
「お嬢様っ! そのお姿は……奴ら、もっと苦しめてやるんだった。くそっ、あっさり殺し過ぎた」
ぶつぶつと恐ろしい呪詛を吐きながら、忌々しそうに舌打ちする。その姿に「ああ、やっぱり彼だわ」と笑ってしまう。ブレないわね。
「テオドール、エルフリーデの傷を治療して欲しいの。私を庇った名誉の傷よ」
「お嬢様のお着替えが先です」
本当にブレない男ね。
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