第十幕
330.アリッサム王国崩壊から始まる
アリッサム王国が完全に崩壊した。国王が処刑され、新しい王は己の贅沢を追求する。まともな貴族は独立や他国への合流を模索し、己の領民を守った。だが愚かにも搾取に夢中になる王侯貴族は、反乱した民の前にその命運が
いいえ、悪運が尽きたというべきかしら。己の手足を切り取って食べ、血を啜れば死んでしまう。動物だって知っている真理よ。
国主は国の頭、手足となる民や神経となって繋がる貴族を蔑ろにすれば、どこかで命が絶える。それが国の死である崩壊だった。手足を切り捨て、神経を削ぎ落とせば……やがて機能しなくなる。そんな簡単な法則に、どうして気づけないのよ。
呆れ半分で報告書に目を通した。一つの王国が滅びても、数ヶ月にわたる攻防を記した報告書は僅か三枚。この程度の価値しかないの。
「どこか動いているの?」
「ルピナス帝国は静観の構えです。聖国はそれどころではありませんし、ミモザ国は国境を接しておりません」
シュトルンツを中心として、大陸は大きく五つに分割される。シュトルンツに併合された小国は、あちこちに散らばっていた。その勢力はさほど大きくないように見える。合わせても、大陸の四割程度だった。
西に位置するアリッサム王国に国境を接するのは、北のルピナス帝国、南のアルストロメリア聖国、我がシュトルンツに属する小国が三つ。エレオノールの広げた地図を二人で覗き込んだ。
ヴェーデル、クルム――二つの小国は百年以上を属国として服従してきた。今さら逆らう愚を犯すとは思えない。問題はプロイセだった。この国はクルムとの国境にある鉱山を狙って、戦を仕掛けた。女王陛下の命令で、辺境伯家を動かして収めたばかり。
力尽くでの併合から、僅か二十年ほどしか経っていない。動くとしたら、ここね。世代が変わるほど長く支配された国は、現状を変えることに臆病になるわ。リスクを計算し始めるの。
このまま属国でいれば、他国に攻められても守ってもらえる。無理な搾取もされていない。それどころか治安がよく、安心して暮らせるとなれば? 逆らうことで潰されるデメリットだけが目につくわ。
ペン置きに使うガラスを手に取る。プロイセの上に置いた。その勘を裏付けるように、次の報告書が届く。
「ブリュンヒルト殿下、プロイセ国で招集命令が出ました」
「誰が最適かしら」
そら豆のような形をした、ガラスのペン置きを我が国の大将とするなら……誰がいいか。我が国の一部が、ツヴァンツィガー侯爵家の領地と接している。ならば……。
「総大将をカールお兄様、補佐はエルフリーデに任せます」
逆にしようか迷ったけれど、ちょうどいいじゃない。この領地そっくり貰って、アリッサム王国と併合しましょう。その上で、全てまとめてバルシュミューデ大公領とする。
宰相だったお祖父様は領地を返上していた。屋敷や別荘など最低限の土地しか所有していない。バルシュミューデ侯爵の跡取りであったお父様を、王配殿下にする条件が……未来で生まれる王太女以外の子を臣籍降下させること。
でも、継ぐ土地がないのよ。アリッサム王国なら海にも面しているし、他大陸との貿易拠点になる。領地のないバルシュミューデ侯爵家を継いで、元アリッサム王国を拝領すれば……妻となるエルフリーデの実家とも地続きだわ。
「……ひとつ、よろしいでしょうか」
テオドールが一礼し、その場に片膝を突いた。これは忠告かしら、それとも警告? どちらにしろ、重要な話みたいね。
「ローゼンベルガー王子殿下が、野望を持たれたら……どうなさいます」
右手が掴んだ扇をテオドールの足元に投げつける。微動だにせず、彼は私を見上げたままだった。
「あり得ない想定だけれど、もし……そうなれば、処分するわ。例外は一切作らない主義なの」
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